『ミューズが微笑む都市』 -書評-

これは、歴史ではなく、現実なんだ。
実際に自分も参加していた。

パンツェッタ ジローラモ
(Panzetta Girolamo)


イタリアの街づくりにちょっと興味を持てば、この著書はぐっと身近に読めると思う。
街道づくりに始まるかつての東海道の考えと一緒で、ローマ(江戸)から日が暮れる前に徒歩でたどり着ける所に宿場ができる。そこに教会が建ち、パン屋・ワイン屋が建つ。メイン街道と並行して小路が敷かれ、さらにその間を縦に小路が走り、碁盤の目のような形態を様していく。交通手段の発達によって、街が飛ばされ栄枯盛衰が始まる。人の便利さによって街は形成されるはずが、ある時、権力の登場によって不便を余儀なくされる。
いわゆるケモノ道が一番勝手の良いショートカットであり、理路整然と計画された道路が実際の生活に適しているかは暮らしてみないとわからない。最近は、出発地点と目的地点を入力するだけで最短コースが携帯やPCで簡単に確認できるが、実際に歩いてみると面白いコースだったりする。結局は使用する人のアレンジが必要になるということだ。

私がナポリ建築大学で学んだことと、在学中に実際の現場で体験した現実や父から学んだことは、「ギャップの大きさ」というよりも、まったく「正反対の内容」だった。

   1.暮らす人にあわせる家をつくる。
   2.環境との調和を次にプラスする。
   3.空間(建物と外部空間、外と建物の内部空間)と色のマッチングを検討し、アレンジする。

私は、1980年の南イタリア大地震後の修復計画に携わる際、この大学で学んだ大前提を基に実地調査を行った。
地震とは無関係に壊れている建物の住民からの"袖の下"を断わり、元の姿よりも現代的なリフォームを望む住民を説得した。住民から歓待されると思っていたが、しかし逆の結果となった。亡き父の共同経営者からは、そんなことではお金を残すことはできないと、もっと現実を直視して臨機応変に都合を謀っていくことのアドバイスを受けた。それは現場のみならず、役人も然り。役人は街を新たに設計する際、地元の業者を使わずあえて無関係の業者を使う。それは役人が利益を優先するために好都合な状況を簡単につくれるからであり、住民からの声を黙殺できるからだ。できあがったものは、そのものの美しさはあるが、環境とは無縁の独立した単なるオブジェにしか見えない。
どのような道をつくり、どのように建物を配置したらいいかは、何もなかった元の自然の形、すなわち山や土地の起伏・川や池などの位置を知れば、勝手に教えてくれるものだ。勝手な人間のエゴで無秩序な建築を行う時代は終わりにしなければならない。
強力なリーダーシップを発揮する独裁者か、パワーバランスを重んじる平和主義者か。いずれが計画する街並みがいいかは、未来の住民の歴史的判断にしか結果はあらわれない。

2007-04-19

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