04.ガラスの部屋 / ~ 記憶の中のカンツォーネ ~ 第4回
《L'amante della musica》

ここまでテレビCMで流れた曲を取り上げてきましたが、数年ほど前、CM以外でも、 あるイタリアの歌がバラエティ番組やお笑い番組でときどき流れていたことがありました。 はじめてそれを耳にしたとき、「なぜこの歌がこんなところで!?」とびっくりしてしまいました。 けれども、それが妙にピッタリしていて、なかなか絶妙な選曲だと感心したものです。

使われていた歌はこれ、「ガラスの部屋」です。


お笑いタレントのヒロシさんがこの歌をBGMに使って、自分のネタを披露していましたが、 今ではあまりテレビで見かけなくなってしまいました。 この歌もすでに「懐かしい」という感じがしてしまうかもしれませんが、 このまま再び埃に埋もれてさせてしまうには惜しい名曲です。 この曲を30年以上もの時を隔てて再び日本に広めたヒロシさんには大感謝ですが、 そろそろ「お笑いのBGM」というイメージを捨てて、 この歌自体をそのまま聴いて楽しんでみるのはいかがでしょうか。

邦題は「ガラスの部屋」となっていますが、 原題はChe vuole questa musica stasera(今宵この音楽が望むもの)です。 なぜ邦題がこうなっているかというと、 この歌は1969年のイタリア映画『ガラスの部屋』(原題plagio)の主題歌だからです。

この映画、ぼくは昔どこかで観たような気がするのですが、 どんな内容だったかよく覚えていません(ごめんなさい)。 調べたところによると、哀しい青春映画だそうで、 60‐70年代のこうした暗めの青春映画がとても好きなぼくとしてはもう一度観てみたいので、 DVD化してもらえるとありがたいのですが、 現在のところ日本でもイタリアでもパッケージ化はされていないようで、 とても残念です。主演のレイモンド・ラブロック(Raymond Lovelock)は憂いに満ちた空気を放ち、 当時日本でもとても人気がありました。

「ガラスの部屋」の出だしの歌詞を引用すると、こんな感じです。

che vuole questa musica stasera
che mi riporta un poco del passato?
la luna ci teneva compagnia
io ti sentivo mia, soltanto mia
soltanto mia

今宵この音楽は何を望むのか
ぼくを少し昔に連れて行ってくれるのか
月はぼくらの道連れ
君はぼくのものだと思っていた
ぼくだけのものだと

vorrei tenerti qui vicino a me
adesso che fra noi non c'e' piu' nulla
vorrei sentire ancor le tue parole,
quelle parole che non sento piu'

ぼくのそばに君を置いておきたい
今はもうぼくらのあいだには何もないけれど
君のことばを聞きたい
もう耳にすることのないことばを

……
悲しみに満ちた切なくピアノの旋律に伴われて、 失われた愛の情景がしっとりと語られます。 歌っているのはペッピーノ・ガリアルディ(Peppino Gagliardi)。 1940年生まれのナポリ人歌手です。 この曲を含め、彼の代表曲は60、70年代に集中していますが、 今でも活動しているようです。 イタリア歌謡に興味がある方は、 例えば「T'amo e t'amero'」「Settembre」「sempre...sempre...」など、 いい曲をいろいろと歌っていますので、 ぜひ聴いてみてください(YouTubeで探せばすぐに見つかります)。

以前からこの曲を知っていた者にとっては、 お笑いにこの歌を使うというのはまさに予想外の出来事だったのですが、 悲しみに満ちたこの曲の雰囲気によって笑いが増幅される様はなかなか見事でした。 それにしても、〈お笑い〉の世界のスピードは非常に速いものだと改めて実感しました。 水の泡のように現れては消えていき、古いものは次々と新しいものに取って代わられていく。 そのサイクルは〈哀しみ〉よりもずっと短いような気がします。 この歌が、少なくともある時代、ある時期の日本においては、 笑いとともにあった(それは一瞬の奇跡とでもいうべきものだったのでしょう)ということはいずれ忘れ去られていくでしょうが、 この歌が聴く者に哀しみの気持ちを呼び起こすというのは、 これからもおそらく変わることはないでしょう。

イタリア音楽コラム
~ 記憶の中のカンツォーネ ~ 第4回
2009-07-16

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