イタリア語の未翻訳書籍を紹介するコーナー(後に小社から発行となっている作品もございます) 『多元宇宙』 レオナルド・パトリニャーニ / イタリアの本棚 第4回


『多元宇宙』 レオナルド・パトリニャーニ / イタリアの本棚 第4回
04.Leonardo Patrignani, Multiversum(Mondadori, 2012)

この世界はひとつではなく、同じような世界が無数に重なり合って存在する。それが多元宇宙論だ。そしてそのひとつひとつの平行世界には、それぞれ違う自分が存在し、それぞれが異なる選択をし、異なる運命をたどっている……。こうした「パラレルワールド」や「平行世界」といった仮説は、小説に限らず、アニメやゲームの世界ではすっかりおなじみのものとなっているが、本書『多元宇宙』もそうした「平行世界もの」のひとつである。

ミラノに住む16歳の少年アレックス。彼はバスケットの試合中に発作を起こして倒れてしまった。だが、これはいつものことだった。数年前から、彼は時々突然に意識を失うという謎の発作を起こすようになっていたのだ。しかしそれはただの発作ではなかった。意識を失っているあいだ、彼はいつも心の中で、ある幻の光景を見ていたのだ。最初はまるで霧に包まれたようなぼんやりとした映像だったが、何度も発作を繰り返していくうちに、次第にその光景は明確なものになっていった。そこにはいつも、ひとりの少女の姿があった。

オーストラリア、メルボルンに住む16歳の少女ジェニー。彼女も数年前からたびたび発作を起こしており、アレックスと同じく、幻の光景を見ていた。彼女はその光景の中に、ひとりの少年の姿を見ていたのだった。ジェニーは彼に呼びかける。「あなたは、どこにいるの?」と。少しずつはっきりとしていく幻影の中で、二人は出会ったことのない相手の姿を感じ、声が聞こえるようになり、会話すら可能になっていった。しかし、二人とも、本当に相手は存在しているのか、それとも病気が引き起こすただの幻覚なのか、よくわからなかった。

だが、ジェニーなる少女は実際に存在するという確証を得たアレックスは、友人マルコの協力を得て、両親には黙ってメルボルンに飛んだ。そして、幻影の中のジェニーと約束していた場所に向かったが、そこにジェニーはいなかった。一方、ジェニーの方も同じ時刻に待ち合わせ場所に向かったが、アレックスはいなかった。

アレックスはなんとかジェニーの家を見つけるが、そこに住んでいたのは、幼いジェニーの面倒をよく見ていた女性だった。彼女から、ジェニーの一家は外国に引っ越したこと、そして十年前にジェニーは死んだことを聞かされる。これはいったいどういうことなのか。アレックスは愕然とする。心の中に聞こえていたジェニーの声、あれは死者の声だったのか? それとも……

マルコは電話でアレックスに多元世界の可能性を伝える。その世界は無限の平行世界から成り立っており、もしかするとジェニーは、自分やアレックスの住んでいる世界とはよく似た別の世界の住人なのではないか、と。ハッカーであるマルコはインターネットを使ってさらに詳しい多元世界の情報を探す一方、アレックスはジェニーの遺品の中に、平行世界を超える手がかりを見つけるのだった。

本書はヤングアダルト、もしくは、昔よく目にしたジュブナイルSFといったジャンルに近い。特に、今や知る人ぞ知るカルトムービー『星空の向こうの国』(監督:小中和哉、小説版作者は小林弘利)と非常に設定の重なっている部分があり、途中までの雰囲気もよく似ている。しかし、序盤に感じられた甘酸っぱい「ボーイ・ミーツ・ガールもの」の雰囲気は、中盤から大きく変貌していく。

マルコはインターネットで平行世界の情報を探していくうちに、謎の人物トーマス・ベッカーと接触する。平行世界の体験者らしいベッカーはネット経由でアレックスとジェニーに危険が迫っていることを告げ、「手遅れにならないうちに、〈メモリア〉を探せ」という謎の言葉を残す。その頃、別の平行世界に移動する方法を知ったアレックスはついにジェニーと会うことになるが、世界は次第におかしくなりはじめていた……

二人がついに世界を超えて出会うシーンがクライマックスかと思いきや、二人は意外と早く出会うことに成功し、真の物語はそこから始まり、予想外の方向へとストーリーは動き出す。二人はかつて出会っていたのではないか、トーマス・ベッカーは何者なのか、世界はどうなってしまうのか、そして〈メモリア〉とはいったい何なのか? あらゆる平行世界を巻き込んだ危機的状況の中、さまざまな謎をはらみながら、最後の最後まで気の抜けない悪夢のような展開が続く。そして迎える唐突なラスト。これには唖然としてしまったが、実は、本書は全三巻の物語の一巻目らしい。

作者のレオナルド・パトリニャーニは1980年モンテカリエーリ(トリノ県)生まれ。本書は二作目の長編小説である。既にフランス、ドイツ、スペイン、トルコ、ブルガリア、オーストラリアで翻訳出版の予定があるという。荒削りな部分も見受けられるが、なかなか読み応えのある作品だと思う。次巻が出るのはいつになるかわからないが気長に待とう。

レオナルド・パトリニャーニ『多元宇宙』
Leonardo Patrignani, Multiversum
(Mondadori, 2012)
 ~レオナルド・パトリニャーニ 『多元宇宙』~

イタリアの本棚 第4回
2012-08-15