『クリスマスのお話』 グアレスキ / イタリアの本棚 第7回
07.Guareschi, La favola di Natale (1944)

あと一ヵ月もすれば、今年もクリスマスがやってくる。そんなわけで、今回はグアレスキの『La favola di Natale』をご紹介。グアレスキと言えば、かつて『陽気なドン・カミロ』をはじめとする「ドン・カミロ」シリーズの邦訳が出ていたことがあるが、現在では入手困難になっている。「ドン・カミロ」シリーズは、北イタリアのとある田舎町を舞台に、カトリック司祭カミッロと共産党の町長ペッポーネが、互いにライバル心をむき出しにしてさまざまな騒動を巻き起こす様子を描いた連作コメディである。かつて映画も製作されたこともあるし、日本でDVDも発売されているので、観たことのある方もいるだろう。本書はそんなグアレスキの書いたクリスマスのおとぎ話だ。

1944年、クリスマスの夜。今、アルベルティーノの父親は、とある〈国〉の強制収容所にいる。夏は一日しかなく、しかもその夏の日すら、太陽は顔を見せずに雨か雪がいつも降っているという不思議な国だ。そこではすべてが石炭から作られる。バターも、砂糖も、ガソリンも。そんな〈国〉の収容所にいる父に届けと願いながら、アルベルティーノはクリスマスの詩を詠む。するとその詩は一羽の鳥となり(羽根にその詩が書かれている)、父の元へと飛び立っていった。その〈詩〉は、途中〈風〉のタクシーに乗せてもらって〈国〉にたどりつく。しかし国境を越えて〈国〉に入ることはできなかった。国境で検閲を受け、詩文のいたるところに墨を塗られて、詩はほとんど跡形もなくなってしまったのだ。悲しみの中、〈詩〉はアルベルティーノの元に戻るしかなかった。

アルベルティーノは自ら父に会いに行こうと決意する。同行するのは忠犬フリック、我が子(つまりアルベルティーノの父のこと)が心配でたまらない祖母、それに懐中電灯代わりのホタル。彼らは密かに家を抜け出し、凍える夜の中、〈国〉を目指して旅に出る。

物語全編が夢のようなイメージにつつまれている。まさに一夜の夢の物語だ。実際、これは夢の中の出来事であることが随所で示され、夢の中で息子と父はついに再会を果たすことになる。いや、夢の中でしか会うことができないと言うべきか。これはクリスマスの一夜限りの奇跡なのだ。夜が明ければ、父と息子はまた離れ離れとなる。

アルベルティーノ一行と、収容所を抜け出した父が出会うのが、東西南北を走っている道が交わる森の中の草地だ。そこはまさしく戦争の世界と平和の世界とが交差する場所であり、互いに敵どうしの二つの世界の住人や夢が出会う場所なのだ。雪に覆われたその場所で、コンロを囲むアルベルティーノ一行と父の前に、この二つの世界の住人たちが現われ、さまざまな喧騒の光景が繰り広げられる。お腹をすかせたアルベルティーノたちを甘言で誘惑する〈毒キノコ〉、それに立ち向かう〈美味しいキノコ〉。アルベルティーノたちに森の恵みを与えてくれる鳥やミツバチ、それを邪魔しようとするカラスの航空部隊。餌を探して森を歩き回るスズメの家族、外出禁止令を持ち出してその家族を止めるカラスの兵士たち。銃を持った大男は、灯火管制を理由に、光輝く星々やホタルすら脅す。〈風〉は、収容所にいる捕虜の兵士たちの歌や、戦争に行った父親や息子を待つ家族たちの歌う憂鬱な歌を運んでくる。

さまざまな生き物たちがぶつかり、対立し、入り乱れる、そんな喧騒の中を、マリアとヨセフは進んでいく。サンタクロースは空っぽの籠を背負い、その中に残っているのは〈希望〉だけ、来年のクリスマスへの希望だけだ。幼子イエスの誕生と、戦争の神の誕生が対比され、そして、森の中、陰鬱に立ち並ぶのは死者を弔う無数の黒い十字架である。

わずか80ページほどの短い作品だが、風刺と寓意とユーモア、そして希望と絶望とが渾然一体となった高密度の作品である。一見楽しげに見える滑稽でかわいらしい生き物たちも、戦争と平和、闇と光、それぞれのイメージを身にまとっている。元々、本書はグアレスキが第二次世界大戦中の1944年に、実際にドイツの強制収容所の中で、「飢え、寒さ、郷愁をインスピレーションにして」、早く我が家に戻れることを願いながら書いた物語である。その後、1945年に著者自らのイラストを添えて出版された(現在手に入るのは、2005年にBUR社から刊行された版である)。漫画家でもあるグアレスキがほとんど毎ページに描いているユーモラスなイラストも、実にすばらしい。

グアレスキ 『クリスマスのお話』
Guareschi, La favola di Natale
(1944)
 ~グアレスキ 『クリスマスのお話』~

イタリアの本棚 第7回
2012-11-15

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