『見えないものの踊り』

著者まえがき

 この九十二本の文章には、それぞれ長編小説へと膨らんでいくような潜在的な要素が含まれているから、当初、僕はこの本を『九十二の短い長編小説』なんてタイトルにしたいなと思っていた。
 「長編小説」が世界のありようを明らかにしてそれを伝えることができるのに対して、短編は何かひとつの出来事を語るものに他ならない。
 
 そういう前提から、この九十二本の「短い長編」は、身の回りに生きる人間たちを、時に執拗なまでにじっくりと観察することで生まれた。このためいくつかは、四歳の子供のように、この眼で見たことをそのまま表現してしまってるかもしれない。
 でも、そのぶん言葉はその本質まで削ぎ落とされていて、それぞれの出来事から観念的な要素が滲み出している。かといって、僕の考えがそこに重ねられたりすることもなければ、そんなものがあちこちにはびこったりするなんてこともまずない。ましてや、物語の中で起こることをこちらの考えでくるんでしまおうという意図はさらさらない。

 この本の登場人物たちは、ローマ法王の娘から年金生活の老人たち、毎日マンションの階段ですれ違う男の子からいもしない娘がいると妄想する男、孔子の深遠なる哲学を一言で言ってのける中国人からクルド人まで、それはもう実に多彩だ。これまでの歩みの中で巡り合ったたくさんの人々を、僕はこよなく愛している。これから読者のみんなが出会う人物は、誰もがそんな愛の海から生まれてきた。
 
 愛するというのは、生きている限り誰もが享受できる果てしのない遊びなんだと僕は思う。その神聖なる遊びのおかげで、彼らはこの本の中に生命を吹き込まれた。その生命が儚いものになるか、永遠なるものになるか、それは僕にはわからないけれど・・・
 

シルヴァーノ・アゴスティ(Silvano Agosti)
 訳:野村雅夫(ポンデ雅夫)

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