『見えないものの踊り』


01.心の仕立て屋


 「布にハサミを入れる。そのときに湧き起こる感情は、きっと想像つかないだろうなぁ」
 この街のベテラン仕立て屋ラウールは、レオーネ四世通りに店を構えている。まっさらのマネキンが入り口で門番をしているところだ。
 実のところ、ここ十年というもの、店はいつもガラガラ。それでも彼は、毎朝八時三十分きっかりに店を開け、手際よく整頓しては、店内を常に清潔に保っている。
 そんな彼が服をしつらえるところに立ち会えるなんて、これはかなりレアな体験だ。
 きびきびと動く両手が、どこか外科医を彷彿とさせる。
 
 「その服は誰からの依頼なんだい?」
 「ああ、これは自分で着る分だ」
 「そっか・・・
 それにしても、君の仕事はまさに情熱のたまものだね。道具の扱い方とか、まるで生き物に触れるみたいに布地に接するところなんかを見てるとよくわかるよ」
 そんなやり取りの後に、ラウールはこんな話をしてくれた。

 「まあ、聞いてくれよ。あれは七歳の頃だった。夢を見たんだ。
 わしは木の上にいてな。空に手が届きそうなくらい高いところだ。すると、遠くから声が聞こえてくるじゃないか。『もしお前が命の謎を知りたいのなら、世界を測るのだ』
 わしは葉っぱが落ちるみたいに枝伝いにするすると木から下りて、家の前に立った。そして、いざポケットから巻き尺を取り出すと、ありとあらゆるものを測り始めたんだ。ひとつひとつ丁寧に、測り間違えなんかないようにな。
 手当たりしだいに測りまくった。
 そうこうするうち、わしはパッと見ただけで、どんなものでもその長さを言い当てられるようになったんだ。夢の中で、わしは幸せだった。
 しかし、目が覚めると、影のことで頭を抱えることになった。
 夢の中でわしが測ったものには、現実の世界ではどれも影があるじゃないか。しかも、その影のやつときたら、光によって伸びたり縮んだりするときたもんだ。
 あれは落ち込んだなんてもんじゃない。失望だったな。
 そして、わしはふと気づいたんだ。太陽が動かないとき、すなわち青い空の真ん中にくるとき、万物に影がひとつしかないあの瞬間こそ、寸法を取る絶好の機会なんだと。
 それからというもの、寸法が肝心な仕立て屋こそわしの天職だと悟り、人生をかけて、来る日も来る日も布を裁ち、そして縫い合わせてるってわけだ。
 さあ、本当の秘密はいよいよここからだぞ。
 子供のころに見た夢のおかげでわしが手にした能力とは・・・ それはどんな服でも採寸せずに作れることさ。ただ、依頼者の"眼"を見るだけでいいんだ。
 いいかい、その辺で見かける服なんてのは、どれもただ身体を隠す道具にすぎない」
 「じゃあ、君のは?」
 「わしのは心を露わにする」
 
 彼の眼差しには、諦めがにじんでいる。
 「きっと、だからだ・・・」と僕は思った。「だから店がいつもガラガラなんだ」
 「わしは国王や王妃に服を仕立てたこともあるってのに・・・ 有名な俳優や偉い芸術家にだって・・・」
 彼はガランとした店内に目を向けると、こみ上げるものを抑えきれずに泣き出してしまった。
 僕は黙ってその様子を眺めていた。そして、屈みこんで彼に寄り添った。
 「僕は決して王様でも芸術家でもないけれど、できれば君の仕立てた服がほしいんだ、ラウール」
 仕立て屋はほほ笑んで、僕の眼をじっと見つめた。

訳:野村雅夫(ポンデ雅夫)
1978年、イタリア、トリノ生まれ、滋賀育ち。イタリア語は大阪外国語大学で学び、映画理論を専攻。大阪大学大学院博士後期課程単位取得退学。言葉と映像の関係性について、パゾリーニの映画論をベースに研究。アゴスティの訳書に、『誰もが幸せになる 1日3時間しか働かない国』(マガジンハウス)、『罪のスガタ』(シーライトパブリッシング)がある。大阪のラジオ局FM802でDJとしてNIGHT RAMBLER MONDAY(毎週月曜日深夜1時から4時の生放送)を担当。



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