『見えないものの踊り』


38.スープと石ころ


 二ヶ月前に九七歳の誕生日を迎えたルチーアさんは、アパートの一階に七十代の娘さんと同居している。
 誕生日当日は、住民みんながお祝いを言いにやって来た。
 「こんなにお元気なら、次の目標は百二十歳ですね」と声をかけられると、ルチーアさんは「もう、百歳で十分」と言って微笑んでいた。
 「お若い頃のことだって、ありありと細部までお話になるし」
 「どんな人のお喋りも、すっごく集中して聞いているもんね」と驚きを伝える人たちもいた。
 すると、娘さんが僕のところに来て、ほかの人に聞こえない場所にまで僕を連れてゆくと、こんなことを打ち明けてきた。

 「何週間か前からね、知らない間に母さんが野菜スープの鍋に石をいくつも入れてるのよ。パスタソースのなかに石が沈んでいるときもあって」
 ルチーアさんの動作はすばやく、誰も石を入れる瞬間を見ていないらしい。娘さんが「石だなんておかしいわよね」と水を向けても、ルチーアさんは「なんてご時世かしら」とでも言うように、首を横にふるだけ、というのだった。

   ルチーアさんの姿を目で探すと、彼女は窓辺にたたずんで、道行く人や車が渋滞して長蛇の列がいくつもできている道路を眺めていた。文明というものが人間を解放するのではなく、束縛してしまうことに驚いているように見えた。

 僕はルチーアさんのところに行き、会ったときには昔からずっとそうしているように、頬っぺたにキスをした。その時、いつもより少し長く、頬っぺたに唇を押し当てていた。
 僕が唇を離すと、ルチーアさんは辺りを見回し、すばやく首を横にふって――まるで九七歳という年齢をふり払うように――こうささやいた。
 「ここじゃダメよ、娘がいるし。今夜にでも会えないかしら」
 その頬はうっすらと赤みを帯びていた。キスのときにほつれた髪を手際よく右手で整える。媚を含んだ口調からは、昔、人目を忍んで誰かと会っていたことがあるのだろうと察せられた。年頃のときか、あるいは欲求が強くなってからかもしれない。
 ルチーアさんは、少女のような愛らしい身のこなしで去っていった。
 僕が誕生日プレゼントを買ってこようと思ったのは、このときだ。
 人形を買って戻ってくると、ルチーアさんの腕に抱かせた。彼女は明るい表情を浮かべ、ブロンドの長い巻き髪に顔を近づけた。人形の服のしわを伸ばして整え、命を与えるように優しく撫でていた。

 あの日からもう二ヶ月になるが、ルチーアさんは人形を離そうとしない。野菜スープやパスタソースに石を入れるような奇妙な行動はおさまった。
 人形のことはいつも「マリーア」と呼んでいる。第一次世界大戦のときに亡くなった妹さんの名前らしい。爆弾が爆発した勢いで石が飛び、それが襟首に当たって、命を落としてしまったのだという。
 「マリーア、おててをつなごうね」
 ある日、僕はそんな風にルチーアさんが話しかけているのを聞いた。
 人形は、いつものように微笑んでいた。


訳:シナモン陽子
1978年生まれ。大阪外国語大学卒業、京都大学大学院博士課程単位取得退学。現在、大学非常勤講師。専門はイタリア文学、特に近代の詩人・作家ガブリエレ・ダヌンツィオを研究。


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