『見えないものの踊り』


63.未亡人戦争


 冗談で、近所の友達に片っ端から「大統領」と呼びかけてみることにした。
 「やあ、大統領」。バールのマスターに、果物屋に、警官にだって僕は呼びかける。そうすることで僕らは、もはや僕らを圧迫するだけの、ヒエラルキーとか無限のカテゴリーのくだらなさを急激に意識できるんじゃないかって感じるんだ。

 今朝、近所の掃除夫のジーノに会ったんで、大いなる敬意をこめて彼に挨拶をしたよ。もちろん、この特別な言葉を使ってね。「やあ、大統領」
 ジーノはぱっと振り向いて、こう尋ねた。
 「俺が大統領? どこの国のだい?」
 「きみっていう国さ」僕は答える。
 「そういうもんかな・・・」ジーノはもごもご言いつつも、この役職を引き受けたようだった。
 笑って歩道の掃除を続けるジーノ。

 さて、僕は思い切って、彼にちょっとした質問を投げかけてみた。もうずいぶん前から毎日、日が沈む頃になると、システィーナ礼拝堂の近所で、とあるマンションの階段一段目に座って、正面の家をじっと見据えている女がいる。彼女について何か知らないだろうかと。
 ジーノはほうきをバールの入り口近くの角に立てかけた。
 「オッケー、じゃあここでうまいカプチーノでも飲もうや。今日は俺のおごりだ。その後で話してやるよ」
 こうして僕は、彼女の奇行の原因について、ことの顛末を知る運びとなった。

 問題の女性は、三十年ほど前に、人生最大の恋に落ちた。そして息子をもうけた。
 だが子どもが生まれて数日後、突然夫は彼女のもとを去る。配管工事の店を二件所有する未亡人の女と住むためだ。未亡人は、たいした遺産ではないが、それを譲るのと引き換えに数年間だけ余生を一緒に暮らしてくれというのだ。
 だが蓋を開けてみると、未亡人はそれまで同様、だらだらと際限なく生き続けた。
 男がいなくなったその日から、若い女は黄昏時に大階段の一段目に座り、厳しく悲しみをたたえた目で、ある家の窓を見つめるようになった。それは最愛の彼が未亡人と暮らしている家だったのだ。
 毎夕、女が階段に到着するのを見計らって、未亡人は雨戸を閉め切ってしまう。闇の帳が下りて、女が家に帰ってしまうまで。
 こうして、沈黙のうちに、二十八年が過ぎた。

 「ちょうど昨日の朝、未亡人の葬式があったのさ」
 「女はどうしたんだろう?」
 「昨日も階段に座って、家の方を見てたよ。だけど、やっぱり窓は次から次へと閉ざされた。いつものようにな。ただ、昨夜窓を閉めたのは彼のほうさ。やもめになった彼」
 「それで、彼女は?」
 「はじめてだったな。暗くなるのを待たずに帰っちまったのは」


訳:有北クルーラー(有北雅彦)
脚本家、役者。ODCでは演劇・字幕翻訳などに携わる他、コントユニット「かのうとおっさん」としても演劇・コント・ラジオ等のフィールドで幅広く活動。イタリアの小噺「バルゼッレッタ」を独自の解釈で日本に紹介する活動を展開中。


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