『見えないものの踊り』


64.ローマのイエス


 いつもバールにいる年金生活者たちが、今日はいやに騒がしかった。
 近所の教会で、花売りの息子が洗礼を受けたのだという。花売りの息子はもう三十を過ぎているのに今さら洗礼なんて妙だし、もしかして改宗でもしたのかと思って聞いてみると、「いや、改宗じゃなくてやり直しだ」とのこと。

 花売りの息子は大学の経済学部を卒業した後、鬱になっていた。
 熱心なカトリック信者である両親は、息子が誕生すると"ジェズ(イエス)"と名付けた。同じ名前であった祖父から取ったのだ。しかし自分では、学校でからかわれないように"ジョズエ"と名乗らざるを得なかった。
 ところが大学を卒業すると、花売りの息子は"イエス"という本当の名前を誇りに思うようになる。それも、祖父の名前だけでなく、救世主であった"イエス"を意識し始めた。そして鬱状態から抜け出すために自分の家系をたどってみようと心に決めた。

 家系図を作り上げた花売りの息子は、自分の先祖がパレスティナからローマに移住したことを証明する十二世紀のある記録にたどり着いた。その記録によると、彼の先祖は聖母マリアの兄弟の息子、つまりイエス・キリストのおじであり、その子孫は代々"イエス"と名付けられてきたのだという。
 花売りの息子、つまり"現代のイエス"は、自分がイエス・キリストの直系であるとともに、イエス・キリストの唯一の法定相続人であることを確信した。そして最初の、また最も有名な"イエス"の血統である自分の出自を証明する動かしようもない証拠を整え、当然の権利と思われる、ある要求を主張しようとした。

 証拠書類が揃うと、花売りの息子はローマ教皇庁のヴァチカン国務省に宛てて手紙を書き、"ローマのイエス"である自分は"ナザレのイエス"の直系の子孫であると説明した。そして、イエス・キリストの物語を広めることによってカトリック教会が今まで稼いできた額、およびこれから稼ぐであろう額の、一パーセントを請求する権利が自分にはあると主張したのだ。手紙の最後は「以上に加え、私および子孫代々にわたる私の法定相続人たちは、イエスの名の下に今まで何世紀にもわたって、ヴァチカンが接収してきたあらゆる資産に相応する金額を、請求する権利を留保する」と結んであった。

 証拠書類を添えた手紙を書留郵便でヴァチカン国務省に送りつけた数ヵ月後、手紙に対する返事として国防省警察カラビニエーリの幹部が家族のもとを訪れた。カラビニエーリの幹部は、ヴァチカンから花売りの息子に対して損害訴訟が出ていることを彼の両親に伝え、このままでは彼らの息子が恐喝罪で投獄されるかもしれないと、ていねいに説明した。

 結局、この件はローマ教皇に判断が委ねられることになった。そして花売りの息子は、"ジョズエ"として洗礼を受け直すよう言い渡されたのだという。
 これが、ことの成り行きだった。


訳:稲葉伸之介(稲葉チョコレート)
大阪大学大学院文学研究科修士課程修了。2004~2008年、ローマ大学留学。専門はイタリア現代史で、陰謀渦巻く知られざる闇を研究中。現在は東京で翻訳・制作会社に勤務するかたわら、「ボン企画」に所属し各種イタリア関係コーディネート、翻訳、通訳、ガイド等にも従事。


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