『見えないものの踊り』


82.しゃべる彫像


 サルデーニャは自然の美しさが素晴らしいだけではなく、あらゆる場所が神秘に包まれているようだ。
 だからこの島のとある村に、しゃべる彫像を作ることができる彫刻家がいるという話も、さもありなんである。この話を聞いた僕は即座に疑うこともなく、その人物にお目にかかりたいという欲求を口にしてしまったのだった。
 サルデーニャでも内陸部の人たちは、顔も身体も、どこも動かさずにしゃべることができる。そのうえ、音節を区切るようにして情感たっぷりに話すものだから、彼らは威厳に満ちているのだ。そのさまは、固い彫像の荘厳さに通じるものがあるな、と感じてもいた。

 さて、ラバの背に乗った僕は、その尋常ならざる彫刻家が住むという遠い土地に向かいながら、ふとミケランジェロが自らの完璧なモーゼ像の前でとった、有名な行動を思い出す。
 伝説によると、彼は自作のモーゼを見つめるうち、そのあまりに生々しいリアリティに陶酔するばかりか前後不覚になり、「なぜしゃべらないんだ?」と叫んでのみを投げつけたのだという。
 今僕は、ある断崖に向かって歩を進めている。そこを越えた所にその芸術家が住んでいるのだ。彼の彫る彫像は言葉をしゃべると言うが、それはもはや、あの比類なきミケランジェロをも凌駕する才能ではないだろうか。

 そうして、ついに僕はその素晴らしい老人に出会うことができた。たくわえた白い髭に似合わず、子どものように生き生きとしている。
 彼は僕を手厚くもてなしてくれた。こんな歓待、おとぎ話の登場人物みたいだ。
 家ぶりも上品で、彼の愛嬌たっぷりのキャラクターにぴったりである。裏手は丘になっており、その頂をびっしりと彼の作品が覆いつくしていた。
 「みんな、わしが作ったんだ。世界中の黄金を積まれても、わしはこいつらをよそへやるつもりはないね」老人は自分の子供の話でもするようにそう言った。
 そして彼は、たくさんの彫像の間に分け入っていった。像は回転式の礎石の上に置かれている。
 「この丘の上で、こいつらは毎日話してくれるんだ。わしの望みは、こいつらがここだけにいてくれることさ。よそだと、たぶん、わかってもらえないとこいつらは感じるだろうな」
 そう言って、彼はゆっくりと少年をかたどった彫像を回した。すると像は風に吹かれて小さな音を立てる。「生きてるよ。僕だよ」
 「ここにはいつもそよ風が吹いていて、風のやつがこの彫像たちをしゃべらせてくれるんだ。夕方になるとだんだん風は弱まってきて、やがてやむ。彫像たちも夜は眠るのさ」

 子どものような雰囲気をまとった老彫刻家は、目の端でちらりと僕が驚いていることを確かめ、
 「こいつがわしの自慢の作品さ」喜々として言った。
 それは手を大きく広げた見事なキリスト像だった。
 僕は近寄って、その類まれな存在に目を見張った。輝くような豊かな表情。
 「こいつの言葉が理解されるまでには、何世代もかかるだろう。なんせ二千年かかっても無理だったしな」
 彼はゆっくりとその素晴らしいキリスト像を回す。夕闇を流れる風に吹かれて、キリストは自らのもっとも神秘的な思想であり、何より美しいことばをかすかに口にした。
 「汝の敵を愛せ」


訳:有北クルーラー(有北雅彦)
脚本家、役者。ODCでは演劇・字幕翻訳などに携わる他、コントユニット「かのうとおっさん」としても演劇・コント・ラジオ等のフィールドで幅広く活動。イタリアの小噺「バルゼッレッタ」を独自の解釈で日本に紹介する活動を展開中。


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