『見えないものの踊り』


89.本当の愛


 「あなた、世界中を旅したって本当? どんな言葉だってしゃべれるって本当? あなたの身に起こった一番ヘンな話を聞かせてちょうだい?」
 マンションの管理人の娘が僕に頼む。白いゴムまりを弾ませて日々暮らす小さな女の子で、狭い空間でまり突きしながら、十回も爪先立ちでくるくる回転することができる。おまけに同じ数だけの手拍子付きだ。
 「一番ヘンな話」をせがむ彼女のあどけない声を聞くにつけ、エレヴァンの小さな広場がいつもよみがえる。エレヴァン…、アルメニアの首都。フラールと呼ばれるスカーフを売る、輝くばかりに美しい女が、二度とない感情を僕に抱かせた街だ。

 十六歳かそれよりもう少しだけ上に見えた彼女は、じつのところ二十三歳だった。
 フラールを大きなかばんに仕舞い込み、それを売り台に鎖でくくりつけるその娘の微笑みが、彼女からの合図を待つ僕にとっての慰めだった。ある日、彼女はそのまま、つまりずっと言葉を交わすことなく身振りだけで、僕を町外れへと向かう古びたバスに乗せた。終点からは小さな丘の中腹まで歩き、巨大な遺跡の前にたどり着いた。それは井戸によく似た遺跡だった。
 短い縄ばしごを伝い地下道に降りると、すぐそこに、岩をくりぬいて作った大きな聖堂が姿を現した。
 聞くところによると、それはある兄妹の作品らしく、身をやつすほどに愛し合ってしまったその兄妹は、然るべき死を免れるために、彼らの一生のすべてをその教会の建立に捧げたいと、世に向けて誓いを立てたのだった。
 そうすることで誰にも咎められることなく、生涯を通じて共に愛に生きることができたのだろう。
 教会の奥にある滑らかな大理石で作られた低い祭壇は、使い古しの寝床のようにも見えた。
 その横には新鮮な果物が積まれた籠がいくつかあった。
 「わたし、明日結婚するの。だから、ひとつお願いをしてもいいわよね? ここでわたしと、愛の一夜を過ごしてほしいのよ。わたし一度、年寄りに嫁いだことがあるの。けれど死んでしまったのね。それでわたしは明日、結婚させられるの、会ったこともない男と」

 僕たちは夜明けと共に眠りについたが、眠っている間でさえ、彼女の顔に浮かんだ微笑みは輝きを失うことはなかった。

 ハトが何羽かやってきて、教会の中をいくらか飛び回ったあとで、大空を求めて飛び去った。

 その少しあとで、女は突然目を覚まし、あわてて服を着た。
 「行かなくっちゃ、もうこんな時間。部族の連中に見つからなくて助かったわ、運が良かったのね」
 「見つかったら、どうなってたんだい?」
 「やつらはわたしたちの頭を切り取って、尖った二本の杭でひとつずつ突き刺していたはずよ。それから、その杭を十の字に交差させて、村の入り口に置くの。わたしたちの頭蓋骨は、そのままさらしものにされるのよ、キスもできないようにね」。

 今の僕にできることといえば、何とか信じようとすることくらいだ。エーラと名乗っていたフラール売りの女は、単に僕をからかっていただけなのだと。


訳:オールドファッション幹太
一九七八年、東京都八王子市生まれ。山形県大江町育ち、京都市在住。大阪外国語大学(現大阪大学)大学院学術修士。十一年に及ぶ学生生活の間、二度イタリアに渡り、一度は放浪三昧、一度は映画三昧の日々を送る。修士論文では、ネオレアリズモの父チェーザレ・ザヴァッティーニの登場を再構築するも、次第に「モノとしての映画=フィルム」に関心を移す。ボローニャ大学および伝説的シネマテーク「チネテカ・ボローニャ」での遊学が決定的なきっかけとなり、帰国後、古い映画(とその復元)でメシを食う道を選び今日に至る。シルヴァーノ・アゴスティ監督の作品上映イベント(二〇〇九年~)では、台詞の聞き取りと字幕の翻訳・作成を他メンバーと共同で担当。


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