寒竹 泉美
この物語は、ひとりの女の子の大変深刻で人生に関わる重大問題の勃発から始まる。その問題とは、恋人のマザコン問題である。 本作の主人公アデライデの恋人アルフレードは、優しくて真面目で仕事熱心で一見申し分のない男だけれど、猛犬のような気難しい母の支配下にあって、自分ひとりでは物事を決められない極度の優柔不断男である。 アルフレードと結婚したいアデライデは、そんな母子を相手にひとりで奮闘するのだった。
「ねえ、どう思ってるの」とアデライデは切り出した。 率直で、裏のない質問だ。 だが、アルフレードはまぬけな顔をして尋ねた。 「なにを?」 なにを、ですって? じゃあ教えてあげるわ! 「わたしたち二人のことについてよ」 「僕たち二人の?」 「そうよ、そういうこと」 今度はアルフレードにも理解できたようだった。本当のところをいえば、実は彼も寝る前にベッドの中でそのことについて考えたことが何度かあったのだ。といってもすぐに眠りに落ちてしまうのがいつものことだったが。アルフレードは静かな月を見上げた。 「えっと…… どうだろ……」 この世に存在する中で最もいけない返事だ。 「へぇ、わからないっていうのね!」 「つまり……」 だが続きは言わせてもらえなかった。 「じゃあ考えてちょうだい!」 そう言い放つと、娘は月を眺めたままのまぬけ顔を湖畔に残し、一人帰ってしまった。
勝ち目がまったく見えないアデライデの戦いだが、ほかの人々の運命がからまりあい、少しずつ交錯し、パタパタとドミノ倒しのように展開していくうちに、思いがけずそれらが彼女の追い風となっていく。 ああ、いるよね、こんな優柔不断男……なんてうなずいていたら、いつの間にかめくるめく世界に放りこまれ、その世界で笑ったりハラハラしたりしている。そして、気がつけば登場人物全員を好きになっている。ちょっとずるくて、ちょっと間抜けで、誇りを持って自分の生活を守り抜いている愛すべき人たち。こんなまなざしで世界を見ることができたら、きっと日々がもっと幸せに見えるだろう。 掛け値なく面白い良質な小説だった。まるで、遊園地のエキサイティングな乗り物に乗っているかのよう。陽気な音楽が流れ、景色を楽しんでいたかと思えば急降下し、どこに連れていかれるのかとハラハラしていたら、急にぐるんと席が180度回転して、まったく別の世界を見せられたりする。そして個々の世界が次第につながっていき、化学反応を起こし始め、最終的には満足のいくラストへ連れていってくれる。 長蛇の列で何時間も立ちっぱなしで待たなくても、本を開けばいつでも始まるエンターテイメント、それがアンドレア・ヴィターリの「すてきな愛の夢」だ。小説ってやっぱり面白いなあとしみじみ感じさせてくれた1冊だった。 がんばってるすべての女の子に読んでほしい物語。知恵を絞り愛をもって行動すれば、きっと運命の歯車が回り始める。これを読んだすべての人のもとに祝福とすてきな愛の夢が訪れますように。
2014-07-02
profile 寒竹泉美(かんちくいずみ) 1979生。京都在住の恋愛小説家。医学博士。 刊行作品: 月野さんのギター(講談社) など。