『1978』(短編) ルイジ・リナルディ短編集より_『1978』


『1978』



一九七八年の三月、アルド・モーロは赤い旅団の襲撃から奇跡的に逃れ、同じ年の六月のワールドカップでイタリアは決勝に進出した。3対2でオランダを破り、俺たちを熱狂させたあの試合の後で。

ポリーティカ・エ・カルチョ政治とサッカー。あの頃はそれ以外について話さなかった。
俺たちガキの思考はただ、風になびく三色旗、打ち鳴らされる鍋、夜遅くまで吹き鳴らされるラッパだけに向けられていた。親たちの寛容さにあやかり、日が沈んでからも外にいた。例外的な寛容さだった。集団的な陶酔がそれを生み出した。
とりわけ、あの公園は思春期に入る前の俺たちの世界の活動の舞台だった。毎日遊んだ場所だった。放置された百姓小屋や、第二次世界大戦時のドイツ軍の土や鉄筋コンクリートなどで作られた半地下式の格納庫の防空壕があった。無理に想像力を使わずとも、遠ざかる嵐の雷鳴のように、当時の反響が聞こえてくるような気がする。

サーラ、イタリア対オランダ戦の後、俺たちはみんな、そこにいた。
俺。
お前。
マルコ。そばかすだらけで、真夏の夕陽みたいな赤毛をしたやつ。
カルロ。半分がイタリア人で、もう半分はソマリア人。俺たちはカリメロと呼んでいた。大人になるのが早すぎたガキ、賢くて、同時に影のあるやつだった。
ヴェロニカ。お前の親友。もうキスをしていて、年上の奴らと「気持ちの悪いこと」をしていると、お前はこっそりと俺に話した。
それからその年上の奴ら。ジャンニ、パーリデ、アンドレーア、お前を奇妙な目で見ていた。俺には何となくわかったが、それが何なのかは完全には理解できなかった。それでも、そのことが俺を苦しめた。
ライカもいた。雌の野良犬で、俺たちは市場の肉屋で廃棄された骨を取ってきて、それをときどき与えてやっていた。千年近く生きたとされるノアの方舟で知られるノアの祖父メトシェラが嫉妬するくらいの歳を生きているだとか、世界中に散らばっている子犬の軍勢を率いているとか、信じがたい伝説が噂されていた。
それから他にもいろんな奴らがいた。大勢だ。本当に大勢いたが、今では顔だけで、名前は覚えていない。ずっと昔のガキの頃の仲間たち。幸せだったが、短かった。

そうだ、皆が公園にいたんだ。あの夜。
あの公園に。
公園を横切る、舗装されていない道を街灯が照らしていた。そこでは俺たちが精を込めて作ったパチンコに使える弾を無尽蔵に補給することができた。
血で汚れた注射器が周囲の木々の幹に突き刺さっていて、俺たちを恐ろしくさせた。それは不思議で恐ろしい存在の、謎めいたしるしのようだった。俺たちは、俺たちのすぐそばにある世界が奇妙で、魅力的で、興味深いと同時に驚かされるようなものだということを思い知らされた。
ただ、あの頃は公園だけではなかった。ポルティコ柱廊に反響するサンダルの足音は喜びで満ちていた。あの健全な汗、全力疾走した道、喉の渇きは市場にある「ナゾーニ大きな鼻」から出る新鮮な水で潤された。ローマの澄んだ水。俺たちは最初にそれを飲むのが誰か、水飲み場まで競争した。


il mio 1978
(続く)

訳:亀崎 洋太(かめざき ようた / Yota Kamezaki)