『1978』(短編) ルイジ・リナルディ短編集より_『1978』


『1978』



 俺たちとは違って、あの頃の父親たちは唯一の感情を生きていた。恐れだ。
 彼らは現在を恐れていた。かつてそうであったかのように過去も恐れていた。
 ただな、サーラ。父親たちは未来を一番恐れていたんだ。俺たちのことをいつも不安に、ほとんど嘆くように見ていた。俺たち子供の純粋さを羨むことしかできなかった。
 「ハッピー・デイズ」の後、俺たちは親を見ていた。彼らは胸騒ぎと共にいつもの眉間に皺を寄せるような表情を浮かべ、テレビのニュースを見ていた。
 少し前からこの国の舵取りをするようになったアルドモーロの政権が、エンリコ・ベリンゲル率いる共産党と硬い同盟関係を結んだのだった。
 頭にこびりつくほど、繰り返され続ける二つの言葉があった。「歴史的妥協」。俺たちはそれが何を意味するのかがわからなかった。
 俺の父親は憤慨しているようだった。真っ赤になって、台所でジャガイモの皮をむいている母親に向かって5年前にチリがやったようにすればよかったんだ、と言っていた。
 「よりにもよって共産主義者を政権に入れるなんて! 」
 5年前にチリでは何が起きたのだろう? そう思いながら、俺もまたジャガイモの皮を無関心に剥き続けている母親の方を向いた。俺は大人でも無邪気に自由に生きることのできる黄金の国を空想した。

 あの言葉は俺の頭の中で、ほとんど脅迫的なものになった。それは父親のせい以外には考えられなかった。「チリのようにやるんだ」。何がしたいのだろう? なぜ「歴史的妥協」に対して怒るのだろう。そもそもなぜ「歴史的」なのだろう。この国で「歴史的」以外のものなんてあるのだろうか。ローマは一度世界を征服したんじゃなかったのか?
 俺は無邪気だったが、他の大人たちが俺の父親とは違うということには気づけていた。他の大人たちは新しい政治的状況について、それが実際に何であるかはともかく、俺の父親とは反対に理解していた。彼らはイタリアで興りつつある新しい思想に熱狂していた。希望に満ちた新時代の入り口に立っているんだと考えていた。
 お前の父親もそうだった、サーラ。 あの頃お前は俺に父親が共産主義者だと打ち明けた。そしてお前は指で十字を作り、それを俺の口に付け誓わせた。このことは誰にも言わないと。 俺は指に口付けをした、ただそれだけで混乱していた。お前の父親、共産主義者。ある時お前の父親を見たことがある。背が高くて、お前と同じ緑色の目をしていた。ただあの日俺が想像した姿は違っていた、街灯の明かりに照らされ、まるで吸血鬼か何かのように感じた。

 共産主義者コムニスタ

 俺にとってその言葉は奇妙で不穏な響きを持ち、ある種の魔力に包まれていた。
 ただ、あの時の俺は政治の何が理解できていただろう? サーラ、俺たちは本当の意味で何を理解していたのだろう。
 俺たちは幼すぎたが、自分たちの周りを見れば十分だったはずだ。
 そうだ、道の上だ。俺たちの鼻先には暴力があった。俺たちのパチンコでのごっこ遊びじゃない、銃による本物の暴力だ。


il mio 1978
(続く)

訳:亀崎 洋太(かめざき ようた / Yota Kamezaki)