『禁句』(短編) ルイジ・リナルディ短編集より_『禁句』


『禁句』



 春のそよ風が、中庭に生じたつむじ風を抱きかかえ、一陣の風となって僕のいるバルコニーを吹き抜けた。
 存分に風に吹かれながら、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂とムッソリーニ像の輪郭に沿う空を眺めた。幸福が間近いことを僕に告げるかのように、ツバメらが嬉しげに飛び交っていた。
 僕は勇気をだし、携帯を手に取り、断られることも覚悟のうえで、ジェラートを食べに誘おうとクラウディアに電話した。僕の恋する彼女は、最近、どうも避けたがっているような印象だった。お母さんを亡くしたばかりだからと僕は考えたが、むしろ、そういうのが女性の古典的な戦術なのかどうかが、僕にはわからなかった。
 呼び出し音の鳴るのを聞き、心臓が飛び出しそうになりながら、待った。
「もしもし」と、四回目が鳴った後に彼女が電話に出た。
「クラウディア? 今、大丈夫?」
「ええ」
「ジェラート食べに行かない?」
 下心のない単なる提案調にしては、あまりにも希望に胸をふくらませたような声が出てしまった。どっちみち、もう僕にできることはないので、黙った。
「ん……」と、彼女は迷っているような返事をした。
「行こうよ! とっても気持ちのいい日だよ」と、やんわりと食い下がった。
「そうね」と、煮え切らない感じではあったが、彼女が折れた。
 僕は狂喜した。「三十分後に迎えに行くよ!」
 電話を切って、急いで支度にとりかかった。
 疑念はすっかり消え失せていた。クラウディアの姿を思い浮かべた。太陽のように美しく、金髪、青い眼、すらりとし、豊満な胸と見とれてしまうほどの脚線美を持つ彼女。
 僕は彼女に夢中だった。
 もちろん、やがては告白するはずだった。早いうちにするつもりだったが、その時がベストタイミングではなかった。気の毒な彼女。確かに、お母さんはかなりの遺産を彼女に残しはしたけれど、彼女はいまや天涯孤独なのだ! ましてや、喪に服し、いまだ悲しみの癒えない時に、恋人宣言がふさわしいわけはなかった。
 ああでもないこうでもないと恋の夢想に没頭した後、一番いい春物のジャケットとズボンに急いで着替え、家を出て、父の車のハンドルを握り、ベニート・ムッソリーニ通りを一路サン・ジョヴァンニに向けて出発した。
 戦勝から六十五周年を祝うための準備は、かなり前から始まっていた。高層ビルのてっぺんに掲げられたムッソリーニ統帥・ヒトラー総統・東條閣下のメガ写真が、何千年も続いていく彼らの思想と同じように、依然として僕たちをあの世から支える形而上学的な顔、永遠不滅の超越的な投影のように見えた。
 すべてが、正常なヒエラルキー構造の中で、在るべき場所にあった。僕は、世界一すばらしい国に住み、恋い焦がれる女の子を追いかけながら、先祖や過去の偉人たちが僕たちにくれたような輝かしい未来を、自分のすぐ手の届くところに感じていた。
 それほど美しく、それほど前途洋々だった、その日が、まさか人生最悪の日になろうとは、僕は思いもしなかった。

(続く)

訳:橋本清美(はしもと きよみ / Kiyomi Hashimoto)