『禁句』(短編) ルイジ・リナルディ短編集より_『禁句』


『禁句』



 気が動転したまま家に帰ってきた。午前三時近かった。頭が、狂ったようにぐるぐる渦を巻いていた。まだテレビがついていたリビングルームで、父が僕を待っていた。母は、僕が帰宅したことに気づいて顔をのぞかせたが、ほっとした様子で寝室に戻っていった。
 この重大事に父の存在は不要だった。口をききたくなかった。さぐるように僕を眼で追っていたのはわかっていた。僕は、ソファーに倒れ込むように座った。
「イタロ、おまえ、動揺してるようだな」と父が言った。それから、微笑みながら付け加えた。「一緒だったのか? 彼女、なんて名だったかな。ああ! クラウディア?」
 その名前を耳にし、僕の脳みそに稲光が走った。
「そう」
 かつて僕は、彼女のことを父に話すという、最悪の思いつきをしてしまっていたのだ。
「彼女の家で?」と追撃してきた。
「そう」
 父は眼鏡をはずし、僕をじっと見た。
「イタロ、父さんは、おまえが自由に行動する権利を認めているよ。彼女とだって楽しめばいい。だがな、いいか、自分の体面は汚すなよ。おまえは大学を卒業して、まずは仕事につかなくちゃならないんだ。おまえは一人息子だからな! なにかと用心しないと! 必要なら、そういう場所だってあるんだぞ、知ってるだろうがな」
「父さん! お願いだよ!」と僕は跳ねるように立ち上がって言った。
「どうした?」と父が驚いて訊いた。その瞬間、父は、僕が苦しみ、うろたえ、取り乱しているのを見て取った。恋や性欲の問題とは無関係だった。他のことだった。父は、僕には遺伝しなかった素質、驚異的な第六感を持っていた。
「おい」と執拗に訊いてきた。「何があったんだ?」
 僕は、ひじかけいすに再び腰をおろして、両手で顔をおおった、
「言うんだ!」
 僕は、悲劇的な終末に追い込まれていく自分を見た。偽り、苦悩、脅迫、密告にまみれた自分の未来を見た。バリッラ少年団員だった遠いあの日に、それを言ったために罰せられた、あの恐ろしい言葉、その禁じられた言葉のタトゥーを皮膚に焼き刻まれ、罪を背負わされる息子たちを見た。直後、僕は父の前で、その禁じられた言葉を口にしていた。
 僕の人生が、その瞬間から、もう同じものじゃなくなってしまうのがわかった。

(続く)

訳:橋本清美(はしもと きよみ / Kiyomi Hashimoto)