トニーは、朝食をいやいや飲み込む。腹痛がする。母親のつくるカフェ・ラッテは、いつだって丶丶丶丶丶熱すぎ、いつだって丶丶丶丶丶砂糖が少なく、いつだって丶丶丶丶丶急いで飲むはめになる。 母親は、あきらめに満ちた眼で彼を食い入るように見たり、定例の「変革」に関する首相のスピーチを繰り返すテレビに見入ったりもしている。 あきらめは母親ゆずりなんだと、トニーは自分で思う。母親は、生まれつき、あきらめた人だ。ある面で、あきらめは強さだ。あきらめが、生活にしっかりと根を下ろさせる。おかげで母親は、ほとんど外出もせずに家事をこなし、テレビドラマの合間に内職の洋服を縫うことができている。 さらにトニーは、この思いつきを何カ月か前に国語の課題の作文に書いたことを思い起こす。いつでも彼の唯一の味方だったティレッリ先生は、作文に、いたく感心していた。 この女教師の気持ちには、なんだか気づまりのようなものを覚える。 彼女が評価するほどの値打ちはないと感じている。 ある意味、先生の目をあざむいたようなものだ。 どうして、しつこく信じ続けるんだ? すると、すっかり目の覚めた妹がキッチンに現れ、考え事の在りかをうろつく兄を連れ戻す。 ハインも女の端くれだ。少し前から胸もふくらんできた。兄を見て、母親がするはずの表情を顔に浮かべる。妹は、まさにその夜だというのに、徹夜して兄を心配する態度を示すどころか、ぐっすり眠ったことに、罪の意識を感じているのかもしれない。 「きっと大丈夫よ。心配いらないわ」と母親が、はまっているドラマの次回予告に見入りつつ、仕立て物の布を準備しながら、うわの空で彼に言う。 一方、ハインは、彼を見つめ、ひと言も言わないでいる。腰のあたりまである長い髪の、妹のまなざしというよりは、むしろ姉のまなざしを向ける妹。 トニーは、朝食に立ち向かうが、妹のことを思うと胸の痛みを感じる。まだ治まらない腹の痛みとは違う痛みだ。 妹はわかっている。 今日、もし兄が再試験に合格しなかった場合には、自分の未来が平穏無事であることをわかっている。IQがわずか七十九の兄と違って、自分のIQは規定内であるのをわかっている。しっかりとした核家族の構成人数は、三人が完璧であり、彼等のように四人ではない(そして、そのうちの一人がトニーだ)ということをわかっている。 妹はわかっている。 なのに、もし試験に合格しなかった場合に、トニーは「おまえのせいじゃないよ」と妹に言う時間すらない。 トニーは理知的な少年ではなく、それについては知能テストが正しいのだが、時として、他の生徒たちにはわからないことを直感的に見抜く。それで、皆一人一人に自分の歩まなければいけない道があるのを知っている。最後まで。何が起ころうとも。大人たちは、それを義務丶丶と呼ぶのだろう。 彼は大人ではない。けれど、時折、大人のような考えを持つ。 「きっとうまくいくよ」と、ようやくハインが、兄の手を取り、消え入りそうな声で言う。 トニーは妹に微笑んでみせる。けれども、それは、ゆがんだ笑顔だった。そして、ハインの手は冷え切っている。 (続く)
訳:橋本清美(はしもと きよみ / Kiyomi Hashimoto)