点呼の後、三十四番教室に二十人がいる。 トニーは、この教室には馴染みがある。前の年もいたからだ。前の年は、自分でもなぜかわからないが、二度とも再試験に合格して、かろうじて二年生に進級できた。ジョイが長机の上に修正ペンで描いた卑猥な絵が、トニーの座っている席の近くにまだ残っている。ジョイとは同じクラスだったが、もう、あれきり見ていない。 トニーは、ジョイの落書きを見つけて、微笑む。「ジョイ、ここを通り、去りゆく」そのことが、なぜか彼に、ある種の羨望の気持ちを抱かせる。まるで、今ジョイがいる場所が、別の、もっといい場所であるかのように。そうじゃないことは心の中でわかっている。けれど、そうだと信じたい。 机の右側の壁の高いところに、アンドレア、何年前か知らないが、誰かがポケットナイフでそう刻んだ名前がある。一緒に、ハートと、もう一つの名前、ジュリア。 その下に、キスしている二人の絵。そして、また文字の落書き。「俺たちに未来はない」 配られたものを見る。 鉛筆一本と消しゴム一個。それだけ。 教壇の後ろに、二人の軍人がいる。片方は太っていて、もう片方は痩せている。連邦陸軍の心理学担当官だと名乗った。 皆、黙り込む。心理学者たちは、厳正に時刻を確認し、黒い封印の捺された赤い封筒を開ける。静寂の中で、事が進んでいく。 サラは、彼のすぐ左側にいるが、別の長机だ。腕を伸ばせば、触れられそうだ。彼女は落ち着いているように見える。けれど、今、体の向きを変えるのは怖い。その時は迫っており、集中しなければいけないと感じる。 心理学者たちは、よくよく見ると、おかしな奴らだ。一人はぶくぶく太っていて、もう一人はがりがりに痩せている。がりがりの奴のほうが、性質たちが悪そうだ。 トニーは、誰だったか忘れたが、誰かが、太っちょには何かしらいいところがあるもんだと言っていたのを思い出す。 けれど、その太っちょと目が合った時、思わずぞっとする。 そのまなざし。その眼は人間のじゃない。 正しく言うなら、こうだ。人間じゃないものを見る眼でトニーを見る。 それに、金切り声だ。太っちょの声じゃない。残忍な声。 「こちらに注目してください」と、取り出したばかりの用紙を手に、音節を区切るように言う。「皆さんは、単一の核家族に属する非丶ひとりっ子であり、学業成績は法定最低ラインに達しませんでした。これは、国家エントロピー計画とは相いれません。皆さんが不足分を取り戻し、学年の通常課程を続けるためには、唯一、この試験しかありません。試験に不合格の場合は、変革法に従い、余分丶丶とされます」最後の言葉を強調するように間をおき、続ける。「皆さんが、我々、異文化共同体にとって、まだ有用だと証明してくれることを期待します。皆さんの幸運を祈ります」 余分丶丶。この言葉。自分たちのうちの誰一人として聞きたくない一語ひとこと。トニーは、不思議と冷静でいる。右隣の少年が気を失ったことにも気づいていない。コースは違うが、少年のことは、よく知っている。けれど、いつも名前が出てこない。双子の一人で、片割れは別の高校に通っている。その片割れは半年前に夏期の再試験を受け、合格したという。妙な状況だ、彼らの場合。 太っちょが、テスト用紙を配り始める。痩せぎすは、直立不動のまま教壇を凝視し、そこに置かれたやつの、何かボタンのようなものを押している。 テスト用紙が置かれる。すでに彼の名前が赤で印字されてある。コンピュータ化された欧州書式システムによって、彼用に作成されたものだ。二十問の多肢選択問題。数学、化学、物理学、科学、法律。トニーが、これまでずっと苦労してきた科目だ。難しすぎる。科目が多すぎる。 時間は一時間。 外のグラウンドから、陣営を張る親たち、最も強情な者たちの喚声が聞こえてくる。最もねばり強い者たち。 二人の兵士が入ってきて、二人の心理学者の無関心で平然とした視線の下、無言で、双子の片割れの気を失った少年を連れ去る。 もう二度と誰も彼に会えないことを、皆が知っている。 静まり返る。 太っちょが大声でどなる。「時間です。始めてください」 皆それぞれが自分の、迷い・不確かさ・希望・不安の世界に没入する。 トニーは、最初の質問を読む。化学の問題だ。 「還元性物質」の正しい定義は? A 電子を与える物質 B 電子を受ける物質 C 酸性物質 D アルカリ性物質 次、二問目。法律問題。 「変革」の根幹とみなされる「市民社会憲章」を欧州連合が制定したのは何年か? A 一九八九年 B 一九八八年 C 一九八五年 D 一九八四年 トニーは、二問とも答えがわからない。 (続く)
訳:橋本清美(はしもと きよみ / Kiyomi Hashimoto)