トニーが確信をもって答えられるのは、二十問のうち三問だけだ。まあまあ自信があるのが二問。自信がないのが三問か四問。残りは、当てずっぽうで選ぶしかない。冷や汗が出てくる。この拷問が終わってほしい。せめて休憩時間がほしい。口の中がからからに乾いている。時間がどんどん過ぎていく。あと二十五分しかない。近くの何人かは、泣いている。試験を続けたいなら、大きな泣き声は出せない。 そして、それは起きる。 サラが立ち上がる。 そう、まさしく彼女だ。 トニーはじめ全員が、希望を抱くように、向きなおって彼女を見る。あたかも、その動作が、彼等にもっと時間を与え、試験を無効にし、全員を免除するかであるように。あたかも、そこに立っているのがジャンヌ・ダルクであるかのように、サラの姿にすがりつく。 このうえもなく美しい。揺るぎないまなざし、動じない顔つき、重力の法則を物ともせずにセーターの下からはじけ出そうな、つんと張った、女性の胸。 百年続くように思われた瞬間の後、彼女がテスト用紙を手に、机を離れ―歩くのではなく―ゆっくりと歩を進めると、クラッシュデニムの中で、非の打ちどころのない大臀筋が動く。 心理学者たちの前で止まる。 テスト用紙を持ち上げ、引き裂いては机の上に紙片を置いていく。 それから、ひと言も言わず、振り返り、仲間たちのほうに向きなおる。 トニーと、また目が合う。 彼に微笑む。まさしく彼に。そう、間違いなく彼に。 その瞬間、トニーは、すべてがわかる。天啓のように、神がかったエクスタシーのように、物事の意義、正しいことと正しくないこと、それはどうしてなのかを理解する。 未来と現在、妹と母親と継父が見える。高いところから、学校の前で空想した、あの飛行機から見ているみたいに、人々が見える。 いつもの二人の兵士が入ってきて、少女を連行していく。少女は、ドアの向こうに消えるまで、彼に微笑みかけるのをやめない。 「試験を続けてください」と、太っちょが事務的に言う。「試験を続けてください」 二度目の「続けてください」は、脅しだ。 トニーは試験を続ける。けれど、彼の中で、何かが決定的に変わった。今はもう、運命に身をまかせる。 (続く)
訳:橋本清美(はしもと きよみ / Kiyomi Hashimoto)