カンツォーネブームはとっくの昔に終わってしまい、いまではもう遠い過去の出来事になってしまっている。 モノの流行り廃りはどうにも理解できないところが多いが、少なくとも歌の価値自体がなくなってしまったわけじゃない。 前回、イタリア語の歌は一部の熱心なファンの聴くものになってしまったと書いたけれども、実はそれほど暗い時代とは言えないだろう。 現在も、ちゃんと日本盤のCDが発売されている歌手もいる。 今回はそんな人たちを4人ほどピックアップして簡単に紹介しよう。 いずれも日本でもよく知られている歌手である。 ■Andrea Bocelli まずはトスカーナはラヤーティコ生まれのテノール歌手アンドレア・ボチェッリ。 1994年にデビューした後、日本デビュー盤でもあるアルバム「ロマンツァ」(1997年)は、 イタリアだけではなく、ヨーロッパ、アメリカでも、そして日本でも大ヒットした。 このアルバムのトップを飾る「Con Te Partiro」は、この原曲よりも、 サラ・ブライトマンとデュエットした英語ヴァージョン「Time To Say Goodbye」の方が有名だろう。 子供の頃に事故のために失明しながらも、その後弁護士として生計を立て、そしてついには幼い頃からの夢だった歌手になる、 という異色のライフストーリーも印象的である。 彼は、ポップスの舞台だけではなく、クラシック界でも活躍している。 つい先日も来日公演を行ない、クラシックとポップスの間を軽やかに行き来する彼の歌声が、多くのファンを魅了した。 ■Filippa Giordano 次はシチリアはパレルモ生まれのフィリッパ・ジョルダーノ。 2000年の「フィリッパ・ジョルダーノ」の日本デビューのアルバムだが、 それ以来、彼女もまた日本で非常に人気のある歌手である。 ボチェッリと同様に、ポップスとクラシックの両方の舞台で歌を歌っている。 というよりも、ポップス的にクラシック曲を歌うと言った方がいいかもしれない。 清涼感のある歌声がとても心地よい。完全にポップスの歌い方でオペラのアリアを歌っているおかげで、 実はオペラにちょっと抵抗感を持っていたぼくも非常に気に入ってしまったし、 オペラにもちょっと興味が出てきたりもした。 ■Laura Pausini ラヴェンナのソラローロ生まれのラウラ・パウジーニは、コンスタントに日本盤が出ている。 最初の頃は「ローラ」という表記だったが、近年はイタリア語の発音に近い「ラウラ」という表記になっている。 デビュー曲とも言える「La Solitudine」を歌っていた頃はかわいらしいお嬢さんという印象だったけれど、 デビューからもう15年、貫禄がついて、もう大御所といってもいいかもしれない。 最近アンドレア・ボチェッリとデュエットも行ない、その曲「Vivere」はボチェッリのベスト・アルバム 「タイム・トゥ・セイ・グッバイ:ボチェッリ・スーパー・ベスト」に収録されている。 なお、最新アルバムの「Io Canto」(2006)は、イタリアン・ポップスの名曲のカヴァー曲集。 日本盤は出ていないけれど、結構手に入りやすく、個人的にはお薦めの一品。 ■Eros Ramazzotti エロス・ラマゾッティは、ローマ生まれ。 初期の頃は結構コンスタントに日本盤CDが出ていたけれど、去年久しぶりに最新の二枚組ベスト盤が発売された。 デビュー当時はイタリアの伊達男といった印象もあったのだが、 今ではすっかり白髪の似合う落ち着いた感じのおじさんになってしまった。 デビューから20年も経てば当然か。 とはいえ、ちょっとハスキーで鼻にかかった甘めの声は相変わらずで、 最近もリッキー・マーティンとのデュエット曲「Non Siamo Soli」でヒットを飛ばしている。 そういえば、以前「Nel Cuore Lei」でボチェッリとデュエットしたこともあった。 この4人は日本でも非常によく知られているために、すでにその歌に魅了されている人も多いに違いない。 実は1980年代から今に至るまで、イタリアの歌手のCDは、ぽつぽつと日本盤が出ていたのであり、 こまめに探していると、こんな歌手も日本盤が出ていたのか、と驚くこともある。 ただ、点はいくら集まっても点のままなので、大きなブームにはならない。 何かのきっかけでそうした点がつながり、線になれば、それが大きなうねりとなって、 ブームというものはやってくるのだろう。 かつてのカンツォーネブームもそうだったのだと思う。 ぼくが大学生だった頃、ある特別授業で、民族音楽専門の先生が「音楽は世界の共通語、などではない」と言ったのを鮮明に憶えている。 ぼくにとってはかなり衝撃的な言葉だったからだ。 ある文化の人にとって心地よく聞こえる音楽も、別の文化の人には単なるノイズにしかならないこともある、 というような意味だったけれど、ぼくが音楽を聴くときには、この言葉はいつも頭の片隅でうろうろしている。 ましてや言葉が違えば、歌は、さらには音は、大きく変わってしまうのかもしれない。 いや、実際は音自体は変わっていなくても、同じメロディーでも、別の言語の歌詞がその上に乗ることによって、 引き起こされる印象は大きく変わってしまうのかもしれない。 イタリア人がイタリア語の歌を歌う、ドイツ人がドイツ語の歌を歌う、日本人が日本語の歌を歌う、それは自然なことだ。 しかし、それを別の国の人が受け入れるのはなかなか難しい。 しかしとりあえずは、それを受け入れる土壌が、 非常に小さいながらも日本にはしっかりとできている(少なくともイタリア語の歌に関しては)ということに感謝することにしよう。
【アンドレア・ボチェッリ「ロマンツァ」】 とりあえずは日本デビュー盤のこれ。または上記のベスト盤もお薦め。
【ニニ・ロッソ「千の風になって=ソレアード」】 実はイタリアのトランベット奏者ニニ・ロッソの追悼アルバムなのだけれど、この中でフィリッパ・ジョルダーノが「千の風になって」のイタリア語版を歌っている。しかも、ロッソのトランペットは過去の別曲の録音を巧みに合成し、二人を「共演」させている。そんな珍品だけれど、興味のある方はどうぞ。
【Laura Pausini「Io canto」】 このところイタリアン・ポップスのカヴァーアルバムがよく発売されているようだけれども、これもそうした一枚。
【エロス・ラマゾッティ「E2:ベスト・オブ・エロス・ラマゾッティ」】 二枚組ベストアルバム。若い頃から今までの曲が幅広くたっぷりと聴ける。
イタリア音楽コラム ~ イタリア語の歌を聴いてみませんか? ~ 第3回 2008-06-16