かつて2004年12月に東京都写真美術館で 「イタリアアニメーション映画祭」が開催された。 日本で本格的にイタリアのアニメーションがこれほどたくさん紹介されたのはたぶんはじめてのことだったと思う。 残念ながらぼくは観に行けなかったのだけれど、そのオフィシャル・サイトを見たり、 映画祭に合わせて出版された『イタリアアニメーションの世界』という本をぱらぱらとめくったりするだけでも、 イタリアのアニメーションが実に豊かな歴史を持っているのかがよく分かる。 イタリアのアニメーションと言えば、日本では『ネオ・ファンタジア』と 『ピンパ』が知られているけれども、 もちろんそれだけにとどまるものではなく、これまで数多くの優れたアニメーション作品が制作されていたのだ。 そうした流れについては、やはりこの『イタリアアニメーションの世界』が、 日本ではおそらく唯一無二のイタリアアニメーションに関するまとまった書籍なので、 関心のある方にはぜひ手にとってもらいたい。 この本では、『ネオ・ファンタジア』の監督である大御所ブルーノ・ボツェット(Bruno Bozzetto)をはじめ、 多数のアニメーション作家が紹介されている。 ただその多くが短編の、いわゆるアート系アニメーションなので、 今回のこのコラムでは、長編の商業アニメーションを紹介してみたいと思う。 そして特にそうした作品を彩る音楽、歌について。 実験的な小品であっても、商業作品であっても、 アニメーションにとっては音楽というものが実写映画以上に大きな役割を担っているのではないかとぼくは思うのだ。 今回は、そんなイタリアの長編アニメーションについて、音楽を中心に紹介してみたい。 ■『イタリアアニメーションの世界』(プチグラパブリッシング刊、2004年)
■ブルーノ・ボツェットは近年FLASHアニメも作っている。例えば、Europe & Italy(1999年)は、イタリアを自虐的に皮肉った逸品。
さて、以前日本でも公開された、『モモ』(1987年)という実写映画があった。 これは、ドイツの作家ミヒャエル・エンデ原作の児童文学の映画化であり、 この原作本は日本でも人気が高く、ご存知の方も多いのではないかと思う。 この映画の音楽を担当したのが、アンジェロ・ブランドゥアルディ(Angelo Branduardi)、 イタリアのシンガーソングライターだった。 原作の舞台は、その雰囲気からローマがモチーフとされているようで、 そのためか、『モモ』は非常にイタリアと関わりが深い。 数年前に『モモ』はイタリアでアニメ化された。 それが、ナポリ出身のエンツォ・ダロ(Enzo D'Alo)が監督した『Momo alla conquista del tempo』(2001年)である。 この映画の音楽を担当したのが、イタリアのロック・シンガー、ジャンナ・ナンニーニ(Gianna Nannini)だ。 劇中で自ら挿入歌を何曲か歌い、魅力的なハスキーボイスをたっぷりと聞かせてくれる。 特にその中の一曲「Aria」は、2002年のナストロ・ダルジェント賞(Nastro d'Argentoイタリアの映画賞)の最優秀主題歌賞を受賞した。 ■Momo alla conquista del tempo
■Gianna Nannini - Aria
少し前にNHKのテレビイタリア語講座内で放映されていたこともあったと思うが、 エンツォ・ダロは、テレビアニメーション『ピンパ』(Le Nuove Avventure della Pimpa)の監督をしたこともあった。 白地に赤い水玉のついた犬が活躍するかわいいアニメである。 『ピンパ』については、イタリア国営放送RAIのサイトで、 現在1作品のみ視聴することができる(『Una Giornata Speciale』(2006年))。 これを観てもらえればどんな作品が分かると思う。ともかくとってもかわいいアニメなのだ。 http://www.raiclicktv.it/raiclickpc/secure/folder.srv?id=1944# ■『La Pimpa』はアルタン(Artan)原作のコミック。現在でも新作が描き続けられている。
エンツォ・ダロは現在精力的に活動しているアニメーション監督であり、 おそらくは長い間低迷していたイタリアの長編アニメーションを復活させた立役者が彼なのだと思う。 『Momo alla conquista del tempo』以外にも、近年いくつかの劇場用作品を発表している。 まず、最初に監督した長編『La Freccia Azzura』(1996年)。 これはジャンニ・ロダーリの童話を原作とした作品であり、 原作は日本でも以前翻訳されていた(『青矢号のぼうけん』杉浦明平訳、岩波書店、1979年)。 これは、ベファーナおばさん(サンタ・クロースのおばさん版のようなもの)の民間伝承をモチーフとして、 子供たちへの贈り物であるおもちゃたちが小さな冒険をする一夜の物語であり、 この映画の音楽をパオロ・コンテ(Paolo Conte)が担当した。 アコーディオンが印象的な哀愁に満ちた音楽が、 このほのぼのしたアニメーションに予想外にマッチしていて驚いた。 劇中では彼自身の渋みのある歌声を聴くことはできないが、 二人の人形が仲間のおもちゃたちに別れの歌を聞かせるシーンがなかなか面白い。 ■La Freccia Azzura
第二作目は『La gabbianella e il gatto』(1998年)。 これはダロ監督の代表作であり、イタリアで大ヒットを記録した。 原作はルイス・セプルベダ『カモメに飛ぶことを教えた猫』(河野万里子訳、白水社、2005年)。 死にゆくカモメとの最後の約束を守って、その卵を孵化させ、生まれたカモメの子を育て、 飛ぶことを教える猫たちの物語。 音楽を担当したのが、ピーター・ゲイブリエルといっしょによく仕事をしていたデヴィット・ローズ(David Rhodes)。 ラストシーンに流れるイヴァーナ・スパーニャ(Ivana Spagna)の歌う「So volare」は、 そのシーンの感動と相まって実に胸を打つ。 彼女はディズニー映画『ライオン・キング』イタリア語版の主題歌も歌っている。 ■la gabbianella e il gatto
上述の『Mono alla conquista del tempo』は三作目であり、 今のところの最新作が『Opopomoz』(2003年)。 もうすぐ誕生予定の弟に両親が取られてしまうと不安に思っている少年、 その少年を慕ういとこの女の子、そして幼子イエス誕生阻止を企む間抜けな三匹の悪魔、 現代のナポリを舞台に彼らが繰り広げる不思議なクリスマスの物語。 そしてプレゼーピオ(たくさんの小さな人形を使って幼子イエス生誕の場面を再現したジオラマのようなもの)が物語に大きく関わってくる。 ナポリはプレゼーピオの本場なのだ。 ナポリへの愛情がそこかしこから伺える作品である。 ダロは「私の作品では音楽が根本的な役割を担っています」と語っていたが、 その通り、彼の作品では音楽が、そして歌がいつも強く印象に残る。 『Opopomoz』では、ナポリの雰囲気が実に見事に表現されているが、 それはナポリ出身のピーノ・ダニエーレ(Pino Daniele)が音楽を担当していることも一因であるだろう。 彼がナポリ方言で歌っている「Core fujente」が夜のナポリに流れるシーンはとても甘く美しい。 ■opopomoz
■Pino Daniele「Core fujente」
さて、エンツォ・ダロの監督作品以外に目を向けてみると、 例えば、オペラ『アイーダ』をモチーフとした、 異世界ファンタジーアニメーション『Aida degli Alberi』(2001年、監督Guido Manuli、音楽Ennio Morricone)、 17世紀のナポリを舞台に、料理人を目指す吟遊詩人とプルチネッラの魔法冒険譚『Toto Sapore e la magica storia della pizza』 (2003年、監督Maurizio Forestieri)など、 音楽が深い関わりを持った作品がいくつか見受けられる。 特に、後者は、ミュージカル仕立てになっており、 音楽を担当したのが、エドゥアルド・ベンナート(Eduardo Bennato)とエウジェニオ・ベンナート(Eugenio Bennato)のミュージシャン兄弟。 エドゥアルドは、トラッドバンドNuova Compagnia di Canto PopolareやMusica Novaで活動した後、 近年はソロ活動を行ない、 「タランタ・パワー」というコンセプトで、 南イタリアの民族音楽である「タランタ」(タランテッラ)の作品を多数制作している。 『Toto Sapore』でも彼の味わいは十分に発揮されている。 ■Toto Sapore e la magica storia della pizza
こうした作品たちは、アメリカのものとも日本のものとも違う独特な雰囲気を持っており、 ぜひ観ていただきたいものばかりだが、残念ながら、どれも日本では未公開であり、 邦盤DVDも発売されていない。 いつか日本に紹介される日が来ることを願いながら、気長に待つことにしよう。
イタリア音楽コラム ~ イタリア語の歌を聴いてみませんか? ~ 第8回 2008-11-14