イタリア語の未翻訳書籍を紹介するコーナー(後に小社から発行となっている作品もございます) 『いつ、根が』 リーノ・アルダーニ / イタリアの本棚 第6回


『いつ、根が』 リーノ・アルダーニ / イタリアの本棚 第6回
06.Lino Aldani, Quando le radici (1977)

今回取り上げるのは、リーノ・アルダーニの長編第一作。アルダーニは1926年生まれ。1960年代から作家活動を始めたイタリアSF界のパイオニアだ。2009年没。かつて早川書房から、短編集『第四次元』(1970年、ハヤカワ・SFシリーズ3259)が刊行されたことがある。しかし、彼の長編作品はどれも未邦訳のままである。

アルダーニはSF作家としてだけではなく、編集者としても偉大な足跡を遺した。イタリアSFの黎明期とも言える1963年に、彼はSF雑誌『Futuro』(未来)を創刊したのだ。創刊号には、自身の短編「おやすみ、ソフィア」をはじめとするイタリア人作家の短編群や、スタニスワフ・レム「ミスター・ジョンズ、きみは存在しているのか?」、アポリネール「オノレ・シュブラックの失踪」等が収録されている。だが、この『Futuro』はわずか2年しか続かなかった。

それから20年ほど経った1988年、アルダーニはこの雑誌を『Futuro Europa』という名で復活させた。復活を印象づけるためだろうか、この新雑誌の第1号の表紙は、かつての『Futuro』創刊号とまったく同じデザインだった。『Futuro Europa』は、イタリアの作品を含むヨーロッパ産のSFを幅広く紹介してきたが、残念ながら2008年、50巻で事実上の終刊となった。

アルダーニの最初の長編作品が『Quando le radici』だ。発行されたのは1977年だが、本人の前書きによれば、本書の執筆時期は、前半部が1966年、後半部が10年後の1976年だそうである。

舞台は近未来、1998年のイタリアだ。現在から見れば昔だが、本書の発行時期からすれば、約20年後の未来である。その時代、イタリアの都市は過度に膨れ上がり、ローマ、ミラノ、トリノなど、イタリア全土でも10ほどしかない超巨大メガロポリスに人口は集中し(ローマは人口1000万を越えた)、それ以外の地方都市、田舎町や村々は、人口減少や過疎化どころか、完全に壊滅した。農業は完全に機械化され、農村は無人の農産物の工場と化していた。

主人公アルノは、ローマに暮らす若い労働者だ。〈都市中央機構〉に勤務し、毎日、カードを生産する機械の管理に従事していた。しかし、そのカードはいったい何なのか、何に使われるものなのか、まったくわからないし、自分の仕事に何の意味があるのかもわからない。ストレスのせいか、ありもしない悪臭の幻覚に悩まされて、都市に対する嫌悪感に襲われるようになっていた。

そして彼は、ローマを離れて、生まれ故郷のピエーヴェ・ルンガで暮らしたいと思うようになっていく。ポー川の支流のほとりにあるその村では、現在、わずか10人足らずの老人が昔ながらの生活を送っていた。アルノは仕事を辞め、友人に誘われたパーティで知り合った女性、メリーナを連れて、ピエーヴェ・ルンガに向かった。だが、メリーナは田舎の暮らしに一日も我慢できずにローマに戻ってしまう。

ともかくも、こうしてアルノのピエーヴェ・ルンガでの暮らしが始まった。電気も水道もない、教会も商店もない暮らしだ。ほぼ自給自足の生活であるが、日用品については、時々ジプシーのキャラバンがやってきて、彼らが仕入れてくる商品を購入することができた。アルノは、ジプシーの若い女性、ラマのことがなぜか気になっていた。そして、彼女との出会い、ジプシーたちとの出会いが、アルノの人生を変えていくのだった……。

立ち並ぶ超高層ビル、汚染された空気や食物、蔓延するドラッグ、徹底的に解放された性、退廃的な享楽、充実感を生まない仕事、ストレスで精神を病んだ者たち……。そんな都市生活を捨て、自分のいるべき場所を求めて生まれ故郷に戻ったアルノ。もはや滅びることが運命づけられた集落の小さな共同体の中での暮らし、必死になって自分の「根」を探そうとするアルノの苦悩、都会の中で壊れていく「愛人」メリーナ、流浪の中にアイデンティティを求めるジプシーたち。そして、否応なく近づいてくる破滅の音。もはや絶望的な未来しか予感されえないグロテスクな世界の中で、アルノは悩み、さまよい、もがき苦しみながら、生きていく。

それほどドラマチックな展開があるわけではない。だが、ローマやピエーヴェ・ルンガでの生活が、そして、アルノの心の在りようが、細やかに描かれ、それが静かな迫力を生み、読む者の心を揺り動かす。魂の落ち着く場所はいったいどこにあるのか、自らの「根」を探して、苦悩に苦悩を重ねていくアルノの姿は、少なからずの共感を引き起こすだろう。退廃した未来都市を設定することによって鋭い文明批評を行ない、人間性の根源を探求する本作は、イタリアSFを代表する古典的な一冊である。都市描写には古めかしさを感じるかもしれないが、批評精神と問題提起はいまだ古びてはいない。

『Quando le radici』は、1977年にLa Tribuna Editrice社のSF叢書「science fiction book club」49号として(しかもこの叢書初のイタリア人作家の作品だった)刊行。2001年には、アルダーニとウーゴ・マラグーティ(Ugo Malaguti)の作品を集めたアンソロジー『Millennium』(2001、Perseo[現在はElara社から発売])に収録され、さらに2009年には追悼の意味を込めて、雑誌「Urania Collezione」(ウラニア・コレクション)の一冊として刊行された。現在一番入手しやすいのは『Millennium』だろう。

なお、以下の表紙画像は「Urania Collezione」版である。

リーノ・アルダーニ『いつ、根が』
Lino Aldani, Quando le radici
(1977)
 ~リーノ・アルダーニ 『いつ、根が』~

イタリアの本棚 第6回
2012-10-15