今年(2012年)はイタリアSF60周年記念の年。イタリア最初のSF雑誌『Scienza Fantastica: Avventure nello spazio, tempo e dimensione』(幻想科学:空間、時間、次元の冒険)が創刊された1952年が、公式にイタリアでSFが誕生した年ということになっているのだが、さらに同年、数ヵ月遅れて『Urania』も発刊されており、まさにその年はイタリアSF誕生の年としてふさわしいだろう。 とはいえ、これ以前にSF風の読み物がイタリアに存在していなかったというわけではない。例えば19世紀末から20世紀初頭にかけての人気作家エミリオ・サルガーリ(Emilio Salgari)。マレーの海賊の冒険譚「サンドカン」シリーズで有名なサルガーリは、SFに分類できる作品をいくつか執筆している。そのうちのひとつ、『Le meraviglie del duemila』(21世紀の驚異)は、21世紀の世界、つまり執筆時(1907年)からおよそ100年後の世界を描いた長編小説である。 時は1903年。ニューヨークからナンタケット島に向かう汽船に、一人のアメリカ人の若者が乗っていた。名はブランドック。彼は友人であるホルカー医師の邸宅に遊びに行くところだった。ブランドックは人生に退屈していた。ヨーロッパ旅行をしても憂鬱な気分はまったく消えることはなかった。そんなブランドックにホルカーはある提案をする。「私と一緒に100年後の世界に行ってみないか?」と。 未来の世界にはタイムマシンで行くのではない。ホルカーはひょんなことから手に入れた古代エジプトの「復活の花」を分析して、動物を仮死状態にし、何年も眠らせ、その後蘇らせる薬剤を開発することに成功したのだった。仮死状態の間は、身体はまったく成長も老化もしないのだ。今の世界にうんざりしていたブランドックはホルカーの提案に乗り、二人で100年のあいだ眠ることにした。自力で目覚めることは不可能なので、ホルカーは蘇生方法を記した「遺言書」を用意し、運命を自分の子孫に託すのだった。そして100年が過ぎた2003年、ホルカーの子孫は「遺言書」に従って、二人を目覚めさせる。子孫は二人にこの未来世界を見せて回ろうと、ヘリコプターにも似た巨大な飛行機械に乗って、世界旅行に出発するのだった。 21世紀の世界は二人にとって驚きの連続だった。高層建築物の窓に横付けもできる飛行機械、ラジウムの光による照明や暖房、ナイアガラの滝を利用した巨大な水力発電システム、北アメリカ大陸から北極まで続く長距離トンネル、水陸および氷上を進むことのできる船など、21世紀のさまざまな新技術を目の当たりにして、二人は興奮する。ブランドックの退屈病も完全に吹き飛んでしまっていた。また、地球の現状についても興味深い事実が明らかになる。過剰な人口増加により、これまで家畜を養ってきた草原や牧草地はすべて耕作地に変わり、家畜はほとんどいなくなり、食事も農作物が中心となっていた。少数民族はほぼ消滅し、黒人と黄色人種が驚異的に数を増やしている。また火星人とのコンタクトに成功し、電磁波で連絡を取り合う試みが行なわれていた。オール電化が実現し、地球全土を電気が走り回っているせいで空気中に電気が満ちあふれ、過去世界の二人はその電気のせいで時折筋肉がピリピリと痙攣することもある。そのうちに慣れるというのだが……。 さまざまなアイデアが矢継ぎ早に登場してきて、その奔流には圧倒される。一見荒唐無稽に思えるテクノロジーや変貌を遂げた世界の姿も、サルガリが本書を執筆した当時の人々が心に描いていた願望や、未来に対する夢や不安、現実の社会状況などがその背後に見え隠れして、ただの与太話には終わっていない。想像の源泉には非常にリアルなものの存在が感じられるのだ。 最後まで新技術を見せられてばかりだと、読んでいてさすがに飽きがくるのではないかと心配になった中盤あたりで、反社会的犯罪者が送られる北極コロニー、そしてヨーロッパに向かう途中で立ち寄った海中都市で事件が起こり、突然、物語が大きく動き出す。海中都市は犯罪者を収容する施設なのだが、大嵐によって、この人工都市を岩盤に固定していた支柱が倒壊し、激しい波風の中、この海中都市は漂流し始めてしまうのだ。未来技術の博覧会のようだったこの小説が、一転して過酷なサバイバル物に変わってしまう。 激しい大嵐になすすべもない海中都市、殺し合う囚人たち、流れ着いた島での野獣との戦い。どんなに科学が進歩しても、人間に内在する野生や、大いなる自然の力に打ち勝つことはできないのではないか、そんなテーマがこの後半部からは浮かび上がってくる。そして、さまざまな危機を乗り越えて主人公一行が助かったかと思ったところで、予想外の悲劇的な結末が待ち受けている。イタリアSF前史を飾る歴史的作品であるが、資料的な価値を持っているだけではなく、なかなか面白く読めた小説だった。 本書はすでに著作権が切れているので、現在はインターネットから無料テキストをダウンロードして読むことができる。また、2011年にTranseuropa Edizioniから出版された版には、『ピノッキオ』の挿絵を手がけたことで知られるカルロ・キオストリ(Carlo Chiostri)の美しい挿絵がいくつか収録されているので、こちらもお勧めだ。
Emilio Salgari, Le meraviglie del duemila (1907) ~エミリオ・サルガーリ 『21世紀の驚異』~
イタリアの本棚 第8回 2012-12-15