予告から数ヵ月、2012年も終わりに近づいた頃に発行されたのが、この『モンド9(ノーヴェ)』。 現在イタリアで一番生きのいいSF作家の一人、ダリオ・トナーニの連作短編集だ。 イタリアのSF雑誌『Robot』54号に掲載された短編「Cardanica」、それに電子書籍として出版された3編を加え、 さらには大幅に加筆修正を行なって(「プロローグ」や「間奏」、「エピローグ」等を新たに追加)一冊にまとめた「モンドノーヴェ・シリーズ」完全版である。 舞台は〈モンドノーヴェ〉と呼ばれる惑星。 フランク・ハーバートの『デューン』シリーズを思い起こさせるような、砂に覆われた世界だ。 だが、その砂は毒の砂であり、皮膚に触れたり体内に取り込まれたりすることによって感染し、死に至る病を発症する。 また、この世界の唯一のテクノロジーは機械工学で、それは異様な発達を遂げていた。 その技術によって生み出された巨大な「船」が砂上を進む。 大きなタイヤをいくつもつけて、煙突から煙を吐き出しながら、水の海ではなく、砂の海を行く船〈ロブレド〉だ。 〈ロブレド〉はどうしたわけか砂に足を取られて座礁。ボイラーは停止し、緊急脱出システムが作動した。 母船からジョイント部が切り離され、変形し、自律型の緊急脱出ポッドになるのだ。 そこに乗り込んだのが操縦士のヴィクターと、〈砂上警備員〉のガッラスコ。 だが謎の部分が多いその機械、全自動走行なのはいいが、近くの港に到着するまでハッチは開かず外には出られないし(なにせ毒砂は危険だから)、 しかもマニュアル操作することさえできない。鉄の箱の中に監禁されたも同然の二人は、その不気味な機械の中で悪夢の日々を送ることになる。 パイプが複雑に絡み合った天井ではバラバラの人肉が機械部品と混ざり合い、 その天井からオイルとともに血が滴り、機械はシリンダーで人間とコミュニケートを試み、衰弱する操縦士の血と肉を餌として要求してくる……。 これが最初の短編「Cardanica」であり、Cardanicaとはこの脱出装置の名前だ。 得体の知れない閉鎖空間に閉じ込められた者の恐怖の体験、といった具合で、極めてホラー色が強い。 歯車、シャフト、滑車、シリンダー、ネジ、ボルト、オイル、チューブ等、機械部品が所狭しと溢れかえる中、 機械が生物のように描かれ、人間が機械のように描かれる。ほとんど世界の説明がないままに話が進むので、 読みやすいとは言えないが、断片的ながらも少しずつこの世界の仕組みが明らかにされていく。次の短編「Robredo」では、 ノマドと思しき父と息子が、船〈ロブレド〉の残骸の側で、巨大な鳥の獲物を横取りしながら暮らしている。 巨大な鳥の群れがこの残骸を住処にしているのだ。ある日、〈ロブレド〉の中に入った父が行方不明となり、 息子も父を捜しにこの船の中に侵入する。 彼が手にした金属製の卵から生まれるのは、半分が鳥で半分が機械というハイブリッドな存在だ。 次の「Chatarra」の舞台は、なんと海。この星には砂だけではなく海もあったのだ(「間奏」では雪や氷河も登場する)。 汚れた海に浮かぶのはジャンクが積み重なって出来た島。 〈毒使い〉と呼ばれるスペシャリストが、とある機械の残骸を抹殺するためにこの島に忍び込む。 感染防止のマスクをし、毒薬と獲物を誘い出す撒き餌を手にして。そして最後の「Afritania」、さらには「エピローグ」では、 「Cardanica」の主人公ガッラスコが再び登場する。あれから数十年が過ぎ、彼は砂上を行く巨大な船〈アフリタニア〉に乗っていた。 そして〈ロブレド〉と再会する……。この最終話でとりあえず謎は一通り明らかにされる。 不気味な巨大船〈ロブレド〉を軸に展開される、生物と機械を巡る四つの挿話。 機械と生物が境界を越えて、互いを侵食する。機械部品は血肉と混ざり合い、肉体は毒に蝕まれて真鍮に変容していく。 機械は毒薬によって死に、機械の命令で巨大な鳥が産んだ卵から生まれるのは機械部品。 生物は金属に侵され、機械は生命の営みを行なう。砂の下に潜むのは屑鉄を食する奇妙な植物〈錆喰らい〉、そして勃発する機械と機械の戦い。 例えば映画『鉄男』や『ビデオドローム』『イグジステンス』ともまた異なる、機械と生命が融合した独特のグロテスクなイメージが全編に満ち、 この薄汚れた世界、腐臭の漂うおぞましい世界は強烈な印象を残す。 鳥と卵と船のシンボリックな関係には神秘的な趣が感じられる。 このシリーズは、本コラムでも以前紹介した『ダヌンツィオの複葉機』や『蒸気の国のアリス』と並んで、 イタリアのスチームパンクの代表作としてよく挙げられている(この選定が妥当かどうかはここでは問わないでおこう)。 スチームパンクをはっきりと定義するのは難しいが、とりあえずは、蒸気エンジンに代表されるようなアナクロな動力をモチーフに、 独特の設定を付け加えて構築された世界を舞台にしたものだと理解しておけば、 それほど間違ってはいないと思う(間違っていたらぜひご指摘ください)。 最近訳されたスコット・ウエスターフェルド〈リヴァイアサン〉三部作やゲイル・ギャリガー「英国パラソル奇譚シリーズ」がスチームパンクものとして人気だが、 そうした胸躍る冒険譚とは異なった、悪夢のような、読んでいて気分が悪くなるような、 血と肉片とオイルと蒸気と金属と錆と埃に満ちた、ダークで残酷でグロテスクなスチームパンクが『モンドノーヴェ』では展開されている。 ちなみに本書の宣伝文の一つを、アメリカのSF作家ポール・ディ・フィリポ(代表作『The Steampunk Trilogy』)が書いている。 「人間の作ったサディスティックで復讐心に満ちた被造物によって支配される人間をこれほどまでに説得力をもって描いたのは、ハーラン・エリスンの短編「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」以来だ」と。 作者のダリオ・トナーニは1959年ミラノ生まれ。 80年代から、SF、ホラー、ノワール等のジャンルで執筆活動を行ない、2007年にSF雑誌『Urania』の一冊として刊行された、未来のミラノを舞台とした奇妙なSFノワール『Infect@』で大きな注目を浴びた。その後、この世界を舞台とした続編『Toxic@』や短編集『Infect files』も刊行。いつか機会があればこの「+toon」シリーズも紹介してみたい。
Dario Tonani, Mondo9 (DelosBooks, 2012) ~ダリオ・トナーニ 『モンド9』~
イタリアの本棚 第10回 2013-02-15