以前から気になっていたホラー作家Alda Teodoraniの著作集がイタリアのSF専門出版社であるKipple社から電子書籍で出ていることを知り、手始めにその代表作とされるスプラッターSF小説『Belve』を読んでみたので、今回はそれを取り上げてみたい。 舞台は未来のチネチッタ。あの有名なイタリアの映画撮影所だ。〈カタストロフ〉後、文明は崩壊し、地球の大半は人の住めない砂漠になり、人々はわずかに残ったいくつかの居住可能地域で暮らしていた(なぜこのような事態になったのかは、ラスト近くで明らかにされる)。チネチッタを中心とする地区もその一つであり、そこでは映画監督を中心とした映画人たちが独自の政治を行なっていた。そのチネチッタにやって来たのが二人の異星人、女性のブリンと男性のケン。彼らの住んでいた惑星〈カレイデマール〉は惑星規模の天変地異により滅び行く運命にあった。高度な文明を誇るこの惑星の支配者は女性であり、男性は狩猟と生殖のための「奴隷」だった(しかし男性側は自分が奴隷だという意識を持っていない)。女性たちはこの滅び行く星に男性たちを残し、自分たちだけ脱出する。男性がいなくても繁殖は問題ない。女性のみで生殖できるように皮膚下にクローンシステムを設置させたからだ。こうして女性たちは、生存に適した惑星を探して故郷を後にする。ブリンもパートナーだったケンを捨てて、単身地球にやってくる。 しかしケンもまたブリンの意識の痕跡をたどり(〈カレイデマール〉の者たちは他者の精神を知覚することができる)、彼女を追って地球に、チネチッタにやってくるのだった。 この異星人たちは自らの姿を〈野獣〉に変えて、動物を捕食する生物である。チネチッタに到着したブリンも自らの栄養摂取のために人間を襲う。目をつけた人間を誘惑し、性的な快楽を与え、その最中に「パンテラのような」「巨大な猫のような」姿に変わり、鋭い爪で獲物の肉体をずたずたに引き裂き、噛みちぎり、噴出する血をすすり、肉片を食らう。折りしもチネチッタでは、失業者、難民、浮浪者、娼婦など、政府が社会的不適格者とみなした者たちを「排除」する政策が打ち出されていた。監視部隊が該当する者を殺害、焼却処分にし、人口過剰のこの町を「掃除」して映画人のみが暮らす新たなチネチッタを作る計画だ。 ブリンには、食べるためでもないのに無意味に同族同士で殺し合うことが理解できない。そして、ブリンの捕食行為を目撃したのがチネチッタに暮らすヴァンパイアのヴラドだった。彼女に魅了されたブラドは、自分の精神を彼女の精神に接続し、ブリンを追跡する。一方、ケンはブリンを見つけるが、逆にブリンに大怪我を負わされてしまう。そして倒れていたところを、監視部隊所属のリサに発見される。ケンの中に元恋人の面影を見たリサは、彼を「排除」することなどできない。そして彼を、チネチッタで大きな権力を持っている映画監督エドカー・ポーのところへ連れて行く。そしてポーは、なにやら独自の計画を、チネチッタ全体を巻き込んだ秘密の計画を実行しようとしていた……。 妖しげな未来世界。さまざまな映画から借りたイメージが随所にちりばめられ、どこかで聞いたような名前を持った多数の登場人物たちが登場する(ただ名前が登場するだけというのも多いが)。映画への愛とオマージュに満ちている作品だ(それにしてもスティーブン・キングもアーサー・C・クラークもダリオ・アルジェントも、あの作家もこの監督もあの俳優もこの詩人も、実は皆ヴァンパイアだったのだ、というのには笑わされた)。ストーリーや設定はしっかり作り込んでいるとは思えないが(ともかく好きな物を全部ぶちこんでしまえ、という感じも……)、読んでいて妙に引き込まれてしまった。 人狼まがいの異星人カップル、ヴァンパイア伝説の約束事など意にも介さないヴァンパイアたち、殺人狂の監視隊長、おまけにゾンビまでつぎ込んだ壮大な馬鹿騒ぎと大量の血しぶきの中、愛と性と生と死についての分析的な思索が真面目に展開されているのは面白い。淫靡で卑猥でグロテスクな血まみれの愛と官能の物語。著者の他の作品も読んでみたくなった。 本作は2003年にAddictions 社から刊行、その後2011年にKipple社から「Alda teodorani collection」の一冊として電子書籍として再刊された。続けて同じ年に完全版『Belve - Final Cut』(Cut-Up, 2011)が出版されている。この「完全版」についてはまだ現物を確認していないのでどれほどの加筆修正が施されているかはわからない。
Alda Teodorani, Belve (Addictions, 2003) [Kipple, 2011] ~アルダ・テオドラーニ 『野獣たち』~
イタリアの本棚 第13回 2013-06-14