イタリア語の未翻訳書籍を紹介するコーナー(後に小社から発行となっている作品もございます) 『白のアルゴリズム』 ダリオ・トナーニ / イタリアの本棚 第17回


『白のアルゴリズム』 ダリオ・トナーニ / イタリアの本棚 第17回
17.Dario Tonani, L'algoritmo bianco (Mondadori, 2009 [Urania 1544])

来年『Mondo9』の邦訳出版が予定されている(私が訳出します。お楽しみに)イタリアの作家ダリオ・トナーニ(Dario Tonani)。今回取り上げるのは、彼の『L'algoritmo bianco』(2009年)。160ページほどの短めの長編作品だ。以前ここで紹介した『infect@』(2007年)やその続編にあたる『toxic@』と同系列の作品で、未来のミラノを舞台としたSFノワール。カートゥーン・ドラッグの蔓延した『infect@』の世界と直接のつながりがあるわけではないが、これもまたもう一つの退廃したミラノの物語。とはいえ『infect@』よりもサイバーパンク色が強い作品だ。

特殊な用語が飛び交う物語世界に読者をいきなり置き去りにして少しずつ正体を明かしていく、というところに本書の面白さの一つがあるので、なるべく設定の根幹は明かさないようにぼかしながら紹介しよう。

2045年のミラノ。〈アゴヴェルソ〉が人々の生活に浸透した世界。なかなか理解し難いが、なにやらインターネットのような、コミュニケーションツールのような、ファイル交換ソフトのような(それをさらに未来志向にした)ものらしい。著者のインタビューで、インターネットやSkype、YouTube、TVなどをごちゃ混ぜにしたようなもの、と書いてあったのを読んだことがある。うなじに小さな〈針〉(イタリア語でago)を移植することで、脳とネットを直接接続し、〈アゴヴェルソ〉にログインすることが可能となる。頭にスマホを埋め込んだようなものと言ってもいいかもしれない。面白いのは、情報のやりとりのみならず、それが個体の生命リズムをも制御することができるという点である。睡眠はわずかでいい。そのあいだに診断プログラムを走らせ、記憶、意識、メタボリズム、感情移入度(もしやこれはディックへのオマージュ?)のエラーを修復する。

娯楽のすべては〈アゴヴェルソ〉が一手に引き受けてしまったせいで、すでに20年前に、紙に文字の書かれた書物は市場には存在しなくなってしまった。書物は闇市場で密かに取引される代物になっている。

主人公は殺し屋グレゴリウス・モッファ。彼は電話を通して〈ゴキブリ〉と呼ばれるコンピュータウィルスに感染してしまったらしい。体の調子が悪く、頻繁に眩暈の発作を起こす。〈ゴキブリ〉はメタ言語ウィルスで、言葉を通じて〈針〉から感染する。人間の肉体を蝕み、新陳代謝を狂わせ、言語能力を解体していく。モッファは闇商人から抗ウィルス薬を買う。その薬とは、今では公式には手に入らなくなった紙の本だ。売人はページがばらばらになったペーパーバックを高値で売っている(なお、モッファが手に入れたのはP・K・ディック『アルファ系衛星の氏族たち』の第2章!)。紙に書かれた文字をマントラのようにつぶやくことでウィルスの活動が抑えられるのだ。

本書は、このモッファが、ターゲットとなる男マノロと彼の連れている犬を追跡する、日没から日の出までの物語だ。なぜマノロを追わなければならないのかは次第に明らかになる。特にその犬になにやら秘密が隠されているらしい(その犬の腹の中に……)。マノロも電話から〈ゴキブリ〉に感染していた。廃墟と化したスーパーマーケットで発作を起こしながらも、放置された古い食品や商品のラベル、説明書きをぶつぶつと読んでウィルスに抵抗するシーンは面白い。

無理やり〈針〉を切除して売買する針ハンター、死んだ犬の〈針〉的蘇生(ゾンビ化!)、ウィルスによる〈針〉異常の病人たち、次々と登場する奇怪なエピソードを潜り抜け、モッファとマノロはついに対面する。未来からの電話、明かされる真実。そしてアルゴリズム・ビアンコ……。サイバーな世界と肉的な世界とが絡み合う面白さ。『mondo9』や『infect@』でもそうだが、金属やカートゥーンといった非生命的なものと、その対極にある肉体。両者の境界線が侵犯されていくシチュエーションには妙な魅力を感じる。それは言語と肉という形でも見られる。肉となる言葉、これはおそらくヨハネ福音書から取られたものだろうが(聖書そのままのフレーズも本書に登場する)、これこそがダリオ・トナーニの中心的な創作モチーフなのだろう。

この『L'algoritmo bianco』は2009年に雑誌『Urania』1544号として刊行された。本書には今紹介した表題作「L'algoritmo bianco」と、その前日譚にあたる「Picta muore!」が収録されている。

ダリオ・トナーニ『白のアルゴリズム』
Dario Tonani, L'algoritmo bianco
(Mondadori, 2009 [Urania 1544])
 ~ダリオ・トナーニ 『白のアルゴリズム』~

イタリアの本棚 第17回
2013-11-15