ローマにある私の映画館内で起こった、ゆかいな出会いを三つほど語ろうと思う。映画館の名前は、有名になってほしくないので、念のためにふせておく。 一つ目は私が出てくる話だ。入り口のレジ・カウンターに立っていると、一人の少年がやってくるのが見えた。彼は堂々とした足取りで映画館に入ってきた。そしてふとレジの前で立ち止まり、こうたずねた。 「ただで入れてくれるかい? 俺、アゴスティの友達なんだ」 私の名前はシルヴァーノ・アゴスティなわけだから、おそらく私のことを言っているのだろう。そう思った私はこう返事をした。「もちろん。アゴスティの友達だというなら、入っていいとも。でも、彼と知り合ってもう長いのかね?」 先ほどにもまして自信満々の少年は、きついローマ訛りで答えた。「えぇ、かなりむかしっかぁな(うん、かなり昔からね)」。そう言って上映ホールへ続く階段を下りはじめると、不意に私のほうへ向きなおって、言葉をついだ。 「おい、たのむぜ。アゴスティによろしく言っときな!」 二つ目は、ある立派な紳士との出会いなのだが、それは実に皮肉なものだった。彼がベントレーから降りるのが私の目に入った。ベントレーといえば、とんでもない高級車で、それよりすごいのはロールス・ロイスくらいしかないだろう。彼は運転手に合図して、私の映画館に入ってきた。 染み一つないスーツをまとい、ネクタイには、けばけばしいダイヤモンドをつけている。彼はこれ見よがしにレジの前までやって来ると、私に問い合わせてきた。 「高齢者向けの割引はありますか?」 夕陽の強い輝きがダイヤに差し込み、その光線が屈折して私の瞳に入ってくる。彼からの挑戦と受けとってもいいだろう。 とっさに私はこう答えた。「いえ、シニョーレ。高齢者は長生きという特典をすでに受けていますから、値段は倍になります。でも、あなたは若々しくお見えになるので、よろしければ、通常の値段でチケットをお売りしましょう」 ちょうどそのとき、ご丁寧に制服まで着せられた運転手が入ってきたので、私はこう言い添えた。「運転手をなさっている方には、専用の割引券を用意しております」 紳士はさして何とも思わずに、財布を取り出した。 「それでは、普通券一枚と割引券一枚」 そのときの上映作品は『支配階級』だった。 三つ目の心はずむ出会いは、一人のか細い女性とのものだ。彼女はひとりぼっちで、歩みものろのろ、足を引きずりながら映画館に入ってきた。 私の立っているレジまで来ると、震える手でポケットからATACのカード(路面電車の定期券だが、彼女のは数カ月前に有効期限が切れている)を取り出して、こうたずねた。 「こンカードはえいがをみるのに使えっか?」 「もちろんです。そのカードがあるなら、毎日無料で映画に招待させていただきます」私は答えた。 喜びと驚きの笑みが彼女の顔に広がるのがわかった。生気を取り戻した彼女が短い階段を下りていくのを、私は目で追った。 それから一年間、彼女は毎日映画館に顔を出し、みるみる気力に満ち溢れていった。最前列に腰をおろし、そのシーズン上映していたすべての映画を鑑賞したのだ。 ある日、ベルイマンの『野いちご』を見終わって出てきた彼女は、感謝するようにつぶやいた。 「こんな映画があるなんて知らなかったよ。見終わって出てくると気分がよくなるなんてさ。ヌンツィアにも教えよう。あの人ときたら、かわいそうに、いっつも仕事せなぁならんせいで、映画館にきたことないんだから」 「ヌンツィア?」気になった私はたずねた。「ヌンツィアって誰?」 「私の母さんだよ」
訳:二宮大輔(ハムエッグ大輔) ローマ第三大学で勉強するかたわら、翻訳などに従事する。専攻は現代イタリアの言語学と文学。最近の興味はモーロ誘拐事件をはじめとする1970年代の社会史。