しばらく前から彼のことは耳にしていたけれど、数ある都市伝説の中でも電気工ペッペの件は微妙なニュアンスの違いによって無数のバリエーションがあって、何が本当だかわからなくなってしまっていた。 実際のところはここ何年もの間、ペッペは毎晩、ゴミ収集のコンテナからコンテナへと徘徊しているらしい。クロムでメッキされた鉄くずと電気ケーブルを探しているという。その動機もちゃんとわかっていて、拾ったものをなんとなく繋いで、ただならないものを創っているのだそうだ。 その晩、僕は六つ並んだコンテナの横手にたたずむ彼を見かけた。暗闇の中、かろうじて街灯のあかりに照らされた二つの瞳は、感激に潤んでいた。 手にしているのは、これぞというクロムメッキのコイル。 コンテナとコンテナの間にぽつんと捨てられていたそれはたいそう大事なものらしく、ペッペは完全に心を奪われていた。左手でやさしくクルクルと回転させながら、右手で撫でている。秘められたメロディーを奏でさせようとするかのように。 ペッペが密かに創っているものとは何だろう。 彼がマンションの入り口にたどりつくまで、僕は後を追うことに決めた。このマンションでは、妻を亡くしたペッペの父親が管理人をしながら暮らしていた。発明家の息子の秘密を大いに尊重して、息子も住まわせているらしい。 ペッペは管理人室には立ち寄らず、誰も追ってこないことをしっかり確認し、こっそりエスカレーターに乗りこんだ。七階のボタンを押すのがわかった。 僕は六階分の階段を自分の足で上ることにし、二人の距離は遠くなるにまかせておいた。彼が最上階の最後の段を上る足音が聞こえてくる。 膨れ上がる好奇心に誘われ、僕もテラスに出て、そして立ちつくした。ペッペは文字通り、姿を消したのだ。マンションの反対側の端のほうへと視界を移していくと、美しい金属製の樹が屋根から伸びていた。高さ十五メートルほどだろうか。 黒い影がクロムのコイルを腕にしっかりと抱えて、枝から枝へと機敏に動いている。ペッペだ。コイルをてっぺんに取り付ける間、僕はクロムの大樹の姿に磁石のように惹きつけられて、こっそり後をつけてきたことも忘れてテラスを歩きはじめていた。 「何年もかけて作ってるアンテナだよ。今夜見つけたコイルで完成さ」 僕がここにいるのはさも当然であるかのようにペッペは大声で言い、樹から降りてヘッドフォンをした。 「このアンテナはね、星たちのメロディーを掴まえるために創りはじめたんだ」 記憶に焼きつくような微笑みが彼の顔いっぱいに広がった。僕にはわけがわからなかった。 それから僕にヘッドフォンをさせると、アンテナをわずかに東に、大熊座のほうへと動かした。 というわけで、まさにその夜、ペッペは長い戦いの勝利を収めたらしい。 繊細で広大なメロディーがとっておきの安らぎを連れて僕の頭の中に入り込み、やがて全身に広がっていくのを感じた。
訳:セサミあゆみ(しょうとあゆみ) 一九八三年、広島県生まれ。イタリア語に魅せられ、ピタゴラスの歩いた町を眺めつつ遊学し、大阪大学大学院博士前期課程修了。調理師専門学校に勤務して食に携わる。もっぱらの関心事はことばと暮らし。